スーリは一人、バルコニーの柵に腰を掛けながらそれを見ていた。
すると無断で部屋に入ってきたラジェンドラがスーリのいるところまで歩み寄ってくる。スーリは目を向けることなく、彼もまた視線は外だった。
「何か御用かしら」
「いや、先ほどアルスラーン殿と話したからな。次はお主と言葉を交わそうとな」
ラジェンドラは柵にもたれかかり、スーリを見つめた。
「スーリ殿も、此処を発つのだろう?」
「えぇ、私はパルスの王女なのだから」
「それで、ルシタニア人を追い出すと」
「そういうことね」
「はは! アルスラーン殿と同じことを申すのだな」
ラジェンドラは豪快に笑って見せ、スーリもつられるようにクスクスと笑った。
「ふふ、似るのも当然の事。私は、彼の……姉なのだから」
迷いなく、スーリはそう言う。
「違いない」
ラジェンドラもそれに頷いた。
少しばかりの沈黙が続いたが、それを破ったのはラジェンドラのほうだ。
「お主がいないと、少しばかり寂しいな」
「それほど長い時間過ごされてないでしょう。寂しく思う理由はありません」
「つれぬことを言ってくれるな」
残念そうにラジェンドラは言う。
すると何を思ったのか、ラジェンドラはスーリの目の前まで来ると膝を折り、スーリの手を取った。
驚いたスーリはラジェンドラに目を向ける。
「スーリ、シンドゥラに残る気はないか」
「え……?」
言葉に驚き、目を瞬かせた。
真意を確かめるため、スーリはラジェンドラに問う。
「なぜ……?」
「みなまで言うな。聡明なお主なら、とうに分かっているだろうに」
「……」
ラジェンドラの言う通り、スーリはその真意に気付いていた。
ようするに彼は、自分と一緒にならないか、と聞いているのである。
しかしスーリは、ラジェンドラが予想していた答えとは逆の答えを言った。
「申し訳ないけれど、お断りします」
「何故だ? お主は第一王女といっても、女人である以上権力は持てぬ。俺と共にあった方が、お主も良いのではないか?」
確かに、どの国でも女人は権力を持てない。
王女であるスーリは、王にも女王にもなれない。どこかの国へ嫁ぐこと。それが基本的な王女の役目だった。
その分、ズィーロ公国は特殊だった。
平和を謳うことだけあって、女人であっても権力を持てる。だからスーリは実質的女王という立場に立てたのだ。
「残念ながら、私は権力と言うモノに塵ほどの興味もございません。欲を言えば、平民として暮らしたいとも思う」
「ほう? なら国が混乱した際に、亡命でもすればよかったものの」
「そうですね。しかし、王女として生まれついた身。民を捨ておくなど、私にはできない」
スーリは言い終えると早々にラジェンドラから手を放し、一言告げて部屋を出ていった。
残されたラジェンドラはやれやれと呟き、続いて部屋を後にした。
「手ごわい女よ」
一方、会話を強制的に終わらせ逃げ出したスーリは、部屋から離れたところで溜息をついていた。
「はぁ……」
「溜息を出されるとは、何かありましたかな?」
「ギ、ギーヴ……!?」
突如現れたギーヴに、スーリは少し後ずさった。
一方ギーヴは笑みを浮かべ、片手に持った琵琶の弦をはねた。
「それで、どうしたんですか。ため息などついて」
「い、いや……」
あの話はラジェンドラの戯言かもしれない。他人にはなし、話を大きくすることは避けようとスーリは口を開くのをためらった。
ためらったスーリから無理に聞くことをためらったギーヴは、どうしようかと頭を掻く。そして片手の琵琶を見せ、
「ま、一曲、気分転換にどうです?」
「……えぇ、是非」
スーリは嬉しそうに笑い、喜んでギーヴの引く琵琶を楽しむ。
「やっぱり、ギーヴの引く琵琶は良い」
「スーリ殿のためなら、いつでも喜んでお引きいたしますよ」
「ふふ、嬉しいわ。ありがとう、ギーヴ」
二人はしばらくの間、言葉を交わさずその音に耳を傾けた。
ギーヴの奏でる音はやっぱり心地よく、癒されていく。
満たし癒され、スーリはその間何もかもを忘れ、その音に集中していた。
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