やがて、ラジェンドラとガーデーヴィは戦いを繰り広げた。
ガーデーヴィは戦象部隊を引き連れ、ラジェンドラを追い詰めたが、それはパルス軍が作った兵器によって止められた。
ダリューンがガーデーヴィを追い詰めたが、ジャスワントにより逃げられ、それを射ようとするファランギースをアルスラーンが止めた。
ガーデーヴィが引いたことにより、戦はラジェンドラの勝利と見えた。
そんな束の間、シンドゥラの国王、カリカーラ王が目を覚ます。
兄弟の状況を知った彼は、神前決闘で王位継承を決めると発表した。
「そこでダリューン卿、俺の代理として決闘に出てはくれないか」
ラジェンドラは頭を下げ、是非とダリューンに頼み込んだ。
アルスラーンやダリューンは少し驚き、瞬きをした。しかしダリューンはすぐに断りを入れた。
「迷惑ですな」
「まさか、ダリューン卿……怖気づいているわけではあるまいな」
「どうぞご解釈はお好きなよう。私はアルスラーン殿下とスーリ王女殿下の臣下。殿下方のご命令がない限り、どんな御用もお引き受けできませぬ」
臣下として、当然のことをダリューンが言った。もともと、ダリューンはラジェンドラへの評価が低かった。そのこともあろう。
ラジェンドラはアルスラーンとスーリに向き直り、深く頭を下げた。
「頼む」
困った二人は顔を見合わせ、最終的に首を縦に振ることとなった。
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パルス歴三二一年、二月――。
神前決闘のため、アルスラーンらはシンドゥラの国都へ訪れた。
神前決闘が行われる場所へ行くと、そこにはガーデーヴィやマヘーンドラ、ラジェンドラ、そして国王カリカーラがいた。
「アルスラーン殿にスーリ殿、よくぞ来てくれた」
ラジェンドラが笑顔で向かい入れ、中央に座るカリカーラを紹介する。
スーリとアルスラーンは会釈をし、設けられた椅子に腰を静めた。
椅子に座ったのはナルサス、アルスラーン、スーリの三人。エラムやアルフリードはナルサスの後ろへ。ファランギースやギーヴは、それぞれアルスラーンとスーリの後ろに控えた。
火に囲まれた決闘場所へ現れたのは、黒衣を纏ったダリューン。
次に現れたのは、巨大な大男。名を、バハードゥルと言うらしい。
それを見た瞬間、アルスラーンやスーリ、ラジェンドラは驚愕した。
「ラジェンドラ殿、あのバハードゥルという男……」
「なに、ダリューン卿には到底およばんよ」
「……」
ラジェンドラはそう言うが、アルスラーンやスーリの不安は拭えない。
「ご心配ありません。ダリューン様が負けるはずがありません。あの方は、地上で最も強いのですから」
エラムが二人を励まそうとする。
「これより、次期国王を決める神前決闘を行う。この決闘は不可侵なれば、両者とも、異を唱えることなくべからず」
マヘーンドラが言葉を放つ。
やがて彼の掛け声により、決闘は開始された。
ダリューンは凄まじい力で圧倒するバハードゥルを避けながら、胸に深い傷を負わせた。
それは深いはずだった。しかし彼は倒れず、あろうことか不気味な笑みを浮かべた。
「っ!」
アルスラーンは身を乗り出し、スーリは身体を固くした。
決闘を繰り広がるダリューンはなんとか彼の攻撃をかわしているが、剣は折れ、やがてかぶっていた兜を飛ばされ、その衝撃で少しよろけた。
アルスラーンは息を浅くした。スーリはじっとその戦いを見つめるが、膝に置いたその両手は強く握られていた。
「あれは人間ではないな」
ギーヴが零した言葉に、ファランギースが続ける。
「人の皮をかぶった獣はどこにでもいるが、あれは正しく猛獣じゃ。ダリューン卿は人間相手では負けるはずもないが……」
そこで言葉を止めたのは、アルスラーンとスーリを想っての事だろう。
ファランギースは、息を浅くするアルスラーンの肩をそっと掴んだ。
「……っ」
あの男の力は、尋常ではない……。ギーヴやファランギースが言うよう、猛獣だ。
スーリは握っていた手をさらに強めた。自分の手に食い込む詰めが痛いが、そんなことも頭に入らぬほど、動揺させた。
ふとギーヴがそんなスーリに目を向け、手を伸ばした。
ギーヴの手は一度スーリの手首を撫で、そのままなぞるように両手までいき、包むようにそれを握った。
スーリは一瞬驚いたが、振り向くことはなく。握った手の力を弱めた。
ダリューンは折れた剣をバハードゥルに突き刺すが、痛みを感じないようで。
更に青ざめたアルスラーンは思わず立ち上がった。
「ダリューンッ!!」
「あの男、バケモノか」
ファランギースが素直な感想を述べると、ラジェンドラがこちらに歩み寄り、汗をにじませながら話した。
「聞いたことがある。あの男は鮫と同じだ。痛みを感じることがない」
「そんなことが、ありゆるというの……」
信じられないとスーリが言う。
すると、アルスラーンはラジェンドラの服を掴みかかり、初めて聞くような低い声で攻めよった。
「貴方は……それを知っていて、ダリューンを決闘の代理人に選んだのか!」
「お、おちつけ……アルスラーン殿」
アルスラーンの様子に動揺したラジェンドラ。
アルスラーンは続ける。
「もしあの怪物にダリューンが殺されでもしたら、パルスの神々に誓い、あの怪物と貴方の首を並べて城門にかけてやる!!」
「アルスラーン」
「おちつきなされ、パルスのお客人」
生まれて初めて人を脅迫したアルスラーンを、国王カリカーラが止めた。
アルスラーンやスーリは彼を見つめ、その言葉に耳を傾けた。
「ガーデーヴィが神前決闘の代理人を選んだのは、ラジェンドラの後の事。なんでも、お客人の部下は無双の武人だとか。それほど敵に畏れられる部下のことを、信じておやりなされ」
「……」
カリカーラの言葉で、アルスラーンは瞳を伏せラジェンドラから手を離した。ラジェンドラは労わるように彼の肩に手を置く。
スーリは軽くカリカーラに会釈し、彼もまたそれを返した。
そして再び、スーリとアルスラーンはダリューンたちに目を向ける。
後ろではガーデーヴィとカリカーラが言葉を交わしているが、気にすることもなくアルスラーンやスーリはじっとそこを眺めた。
すると、立ち上がったナルサスが二人にそっと耳打ちをした。
「そろそろ終わります」
「え?」
ナルサスを見ると、彼は薄く笑っていた。
困惑しながら目線を戻すと、ダリューンは燃えたマントでバハードゥルの顔を覆い、喉元に隠していた短剣を突き立てた。
「短剣……」
「武器はないと見せかけ、相手の油断を待っていたのだよ」
あやつも、なかなかの策士だなとナルサスは呟く。
「そこまで」
カリカーラの声が響き渡った。
決闘上には、倒れるバハードゥルと、立っているダリューン。
「ダリューンの勝ち。すなわち、ラジェンドラの勝ちじゃ。シンドゥラの国王は、ラジェンドラに定まった」
カリカーラが宣言すると、周りのシンドゥラ人が声をあげた。
これにて、神前決闘は終了。振り返ったダリューンがアルスラーンとスーリに笑みを向け、安堵した二人は胸を撫で下ろした。
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