「……」
涙が枯れたころ。スーリはいまだ、ソファに腰を掛けていた。
机に立てていた一本の蝋燭は、いつのまにか消えていた。
外の空気でも吸いに行こう、と立ち上がり部屋を後にする。
扉を閉め、永い廊下を歩きだそうとすると思わぬ人物に足を止められた。
「姉上!!」
歩き出した反対側から走り寄ってきたのは、弟君のアルスラーンだった。
スーリは首のみを少しだけ振り返らせる。決して、アルスラーンの顔を見ようとしはしなかった。
「どうしたの、アルスラーン」
「姉上と、お話がしたく」
「ナルサスから聞いたのね……」
アルスラーンの言葉に、スーリはそう聞く。彼は小さな声で「……はい」と答えた。
そう、スーリが息を吐くように呟くと、アルスラーンは強い瞳で未だこちらを見ないスーリを見つめた。
「私は、必ず立派な王になります!」
誓いのように、強く言うアルスラーンの言葉をスーリは黙って聞き続けた。
「必ず、姉上に誇れるような王になって、この国を良き国にします!」
自分より何歳も年下な弟が、王太子が自分のために誓ってくれている。
「姉上……。たとえ、私が姉上と血がつながっていなかったとしても、私の姉は姉上ただ一人です」
「……」
ひゅ……と息が口から出た。
アルスラーンは言葉を紡ぐのをやめない。
「私を選んでくれて、ありがとうございます。姉上、貴女が愛してくださったこの国を、必ず……良き国にすることを誓います」
たまらなく振り返ったスーリ。彼女の眼は赤くはれ、彼の言葉で再び涙を流していた。
瞳を閉じ、涙が一筋頬を辿った。
「アルスラーン……私の弟」
スーリは片手で自分の胸を掴んだ。
瞳を開ければ、アルスラーンが映る。
「私は、感謝している。此処まで来るのに悲劇は多かったけれど、貴方の姉になれて、一番近くで、貴方が王になる瞬間をこの目で見つめることができて」
「姉上……」
「どうか、立派な王になられなさい。私が愛した国を、どうか良き国へお導きください」
黙って、アルスラーンはスーリの言葉を受け止めた。
瞳をそらさず、涙を流しながら微笑み言うスーリを見つめて。
「私はパルスの第一王女、スーリ。王太子アルスラーンの姉。我が弟、アルスラーン、良き王に――おなりなさい」
「――はい、姉上」
こうして、彼らの間には姉弟と言う関係より、もっと強い絆が、繋がりが結ばれた。
これは、姉スーリに捧げる――一つの誓い。
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