「……」
静まった部屋。
スーリは話終えると黙ってナルサスの言葉を待った。ナルサスは思ってもいなかった真実に、未だ言葉を失っている。
「まさか、お前がズィーロの姫君だったとは……」
ナルサスの声が響いた。
スーリは何も言わない。
しばらくの沈黙が続くと、ナルサスは指で顎を掴み、問いかけた。
「この事、殿下やダリューンらに話しても平気か? 事が事のため、話さぬわけにもいかんが……」
「……えぇ、話して頂戴。私からは言えそうにない。とくに……あの子の目を見て、言えそうにない……」
遠慮がちに言ったナルサスに、スーリは言う。
ナルサスは確かに言いにくいだろうと理解し、了解の意を込め頷く。
そしてスーリに問いかける。最も大切なことを。
「スーリ、お前はこれからどうする」
スーリはナルサスを見た。
ナルサスの目に映る自分の顔が、痛々しかった。
「このまま俺たちといるという事は、ヒルメス殿下と敵対する事を意味する。お前にとって、それは辛かろう」
「ならば、あの人の元へ行けと……そう言うの?」
「選ぶのはお前だ。俺たちといるか、ヒルメス殿下の元へ向かうか……。おそらく、後者の方が思い入れが強かろう」
「……酷い問いかけだわ」
ナルサスは選べというのだ。……いや、結局のところ選ばなければいけない。
血のつながりを持たない、全てを奪った人の子である、大切な弟――アルスラーン。
兄のようにしたい、十年以上も想っていてくれた、私の全てだった婚約者――ヒルメス。
……選べというのか。その二人のどちらかを選べとは、あまりにもひどい。
どちらも掛け替えのない人――。
「大切なことだ、スーリ」
「そうね、わかってる……わかっているわ……」
だから、何度も言わないでくれ。
俯いたスーリに、ナルサスは言った。
「スーリ、もし、お前がたとえ後者を選んだとしても、俺は、俺たちは何も言わんだろう。お前を止める資格など、誰も持ち合わせていないのだから……」
ナルサスの、酷く優しい声がスーリの心を刺激した。
ナルサスら、アルスラーン一行はパルス人。そして、アルスラーンは血がなかったとしてもパルスの王太子。
スーリの祖国、ズィーロ公国を滅ぼした国の者たちだ。……恨むのも、当然だ。
だからナルサスはそう言った。
「私は、パルスを憎んでいたわけじゃない……。人質として連れてこられたとしても、確かに、この国を――愛していた。パルスの全てを、人を、憎んだことなど一度もない……」
「スーリ……」
スーリの声は震えていた。泣き出しそうな感情を抑え込み、できる限りの笑顔を見せた。
ナルサスから見れば、それは酷く痛々しいものだった。
アルスラーン、可哀想な子。
父王、アンドラゴラスのせいで巻き込まれてしまった、哀れな子。憎んだ人の子。
それでも、だとしても……。
「わたしは、アルスラーンに……我が弟に、王となってほしい」
心優しいアルスラーン。彼ならきっと、素晴らしい国を築き上げることができる。
私が愛した国を。
「わたしは、王太子アルスラーンの姉――パルス第一王女、スーリなのだから」
顔を上げたスーリは、強く、そう言った。
そう――。私はスーリ、パルスの第一王女。
ズィーロ公国の内親王、スーリではない。パルス第一王女、スーリなのだ。
ナルサスは立ち上がると、スーリに手を伸ばし、優しくその頭を撫でた。
「スーリ、聡明な姫君、可愛い私の妹分」
優しい声が響いた。
そのまま微笑んで、最後の一言を告げる。
「ありがとう――」
目頭に涙がたまっていくのを感じた。
ナルサスは手を離すと、一度も降り返さずに扉へ向かう。そのまま扉に手をかけ、ナルサスはこの部屋から退室をした。
――パタン。と、扉が閉まる音が反響する。
途端、スーリの瞳から大粒の涙が一つ、二つ……。ポタポタと落ち、膝を濡らした。
「っ……ぃ、さまっ……!」
スーリは――泣いた。
ナルサスはすぐに立ち去ることはなく、扉に寄りかかっていた。扉の向こうから、わずかに聞こえる泣き声。
ナルサスも自分がスーリにとって酷い問いかけをした自覚はある。
すると、そこへナルサスを探していたエラムが現れた。
「ナルサス様! ……スーリ様に、何か?」
「……しばらく一人にしてやれ」
エラムは「え?」と言葉を落とす。
小さな沈黙から聞こえたのは、泣き声。エラムはナルサスを見た。
「スーリにとって、あの選択は残酷だ」
エラムはナルサスの言っている意味が分からない。
ナルサスが歩きだすと、エラムは一度扉を眺めたが、そっとさせてやるためナルサスに続いた。
「エラム、みなを集めてくれ。勿論殿下もだ。大切な話をする」
「……わかりました。すぐに伝えます」
真剣な声が、廊下に響いた。
×