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パルス歴三〇三年、タハミーネ公姫がパルスへ連行されてから数ヵ月の事。
当時、スーリは三歳と十一ヵ月。四歳を迎える直前の事。


薔しょうの国、ズィーロ公国は北西のマルヤムとパルスの間にある小国で、花に囲まれた豊かな国だった。
平等を謳うこの国に逃げ込むものも多く、年々人口が増え続ける、そんな国。

そんなある日、パルスの王弟であるアンドラゴラスが軍を率いて薔の国ズィーロ公国に侵攻を開始した。
兵もなく、戦力のないズィーロ公国は降参し、パルスとの間に不平等条約が結ばれた。それだけでは飽き足らず、万が一にも反抗しないようにと幼く聡明な内親王を人質としてパルスへ連行した。

それが、スーリだった――。


アンドラゴラスに連れられたスーリは、パルスへ着くと彼女の身元はオスロエスの下に置くことが決定し、あてがわれた一室に閉じ込められた。
暫くすると、城内のある範囲以内なら自由に行動できるようになった。

その日は太陽が心地いい日だった。
スーリはパルスに連れてこられてから、知識を貪るよう本に読みふけっていた。だから、その日は温かな太陽に照らされようと思い、中庭で読書をしていた。

それまではいい。
一室からろくに外へ出ていないためか、城が迷いやすいためか、たった一人であてがわれた部屋にたどり着くのは苦だった。
来たばかりだから仕方あるまい。


フラフラと歩いていると、風を切る音が耳に入った。
正体を探ろうと周りに目を向けると、自分より何歳も年上であろう少年が目に入った。

あぁ、この国の王子だ。

一人で剣の稽古をしているのであろう。何度か、部屋の窓から見た覚えがある。
綺麗な剣裁きに思わず見惚れていると、スーリの存在に気付いた少年がこちらに振り返った。


「そこで何をしている、迷子か」


スーリは慌てた。人質である以上、一人でいるのは不審だ。
言葉返そうとするが、いくら聡明と祖国で名高いスーリでも、公用語のパルス後を習得するのは難しい。みな忘れがちだが、スーリは五つにもならない子供なのだ。


「あぁ、叔父上が連れてきた姫だったか……。お前、名はなんという」

「スーリ、です……」

「スーリか。俺は王オスロエスの子、ヒルメスだ。部屋まで連れて行こう」


ヒルメスはスーリを後ろに連れ、部屋まで連れて行った。――それが、少年少女の出会い。
その後、スーリが来てから一ヵ月の間、二人は偶然の出会いを何度も繰り返した。繰り返していくのち、二人は心を通わせ、やがてヒルメスからスーリの元へ訪れるようになった。

宮廷内には子供がおらず、何かと気があったのだろう。

スーリは年こそ幼いが、年齢に会わない性格や知識、そして美貌を持ち合わせていた。話していてヒルメスは、スーリが自分より七つほど離れていることなど感じなかった。


当時、パルス歴三〇四年。
今日も少年は少女の元へ訪れる。


「スーリ!」

「あ、兄さま!」


スーリは、兄のように自分を気遣ってくれるヒルメスを、敬意をこめてそう呼んだ。
ヒルメスも自分を慕ってくれるスーリがうれしかったのだろう。

月日を重ねスーリのことを知っていくうちに、ヒルメスは幼い姫に恋心を抱くようになった。
彼女が人質として此処にいることなど忘れ、自分たちはいつまでも一緒にいられるのだと思った。同時にそうはいかないことも、ヒルメスは理解していた。

そんな時、父王オスロエス三世が告げた。


「ヒルメス、お前の未来の妃をあの姫君、スーリにと考えているのだが」


聡明で美しい姫君、スーリ。
将来、各国の王子らが欲しがるだろうと謳われた名高い姫。

ヒルメスは大いに喜んだ。
父は、自分たちがずっと一緒にいられる確かな繋がりを下さった。
嬉しさにヒルメスは何度も頷いた。

その件をオスロエス三世自らスーリに告げた後、ヒルメスはスーリとバルコニーで口約束をした。
その約束は、永遠を誓うものだとヒルメスは感じた。勿論、それはスーリもだ。


幸福に満ち足りた日々が、これからもずっと続くのだと、幼い王子と姫は思った。
しかし、それは数か月後、一瞬にして塵と化した。


燃えていた。

城は赤い炎に包まれ、目の前に広がる光景全てが夢だと思いたかった。
あの中に、まだヒルメスがいるのだと……思いたくなかった。


「あ……あぁ……っ!」


悲鳴にならない、叫びをあげた。
炎の城を背後に立つ、王弟アンドラゴラスは告げる。


「ヒルメスは死んだ」


剣で心臓をえぐられたようだ。鈍器で頭を殴られた気分だ。
時が止まったかのように、スーリは眺めていることしかできない。


「ズィーロも滅びた。貴様は王となる余と余の妃タハミーネの子、パルス第一王女スーリとなるのだ」


残酷な言葉は、いつまでも耳に残り、スーリを苦しめた。


後日、スーリはショックによる記憶の拒絶と視力の低下に蝕まれ、パルス歴三〇五年、タハミーネが王妃となった年に第一王女として公表された。
祖国ズィーロ公国も、婚約者ヒルメス王子を失い、忘れてしまった姫として。


当時、スーリは五歳と数ヵ月――。



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