夜――。
ナルサスがエラムとアルフリード両方の料理を食べると言った直後、それを見ていたダリューンが彼の目の前に現れた。
二人は隣に並びながら、長い廊下を歩いた。
「アルスラーン殿下は、アンドラゴラス王の血を、王家の血を引いていない」
「あぁ」
「それはスーリも同じだ」
ダリューンは声で答えるのではなく、頷いて見せた。
「だがなダリューン。俺はやはり、あの御方こそがパルスの王に相応しいと思う」
「俺も同じだ、ナルサス」
静かな廊下に、二人分の足音が響く。
ふと、ナルサスが足を止め、窓から見える月を見つめた。そして目を伏せると、今度はダリューンを見た。
「さて、俺は少しスーリのところへ行ってくるよ」
ナルサスは向かっていた方向とは逆に振り返り、足を進めようとする。
「待てナルサス、何故姫様のところへ行く」
「あやつの真実は、あやつにしか分からぬ。そろそろ、落ち着いてきたころだろう……」
アルスラーンが城塞の塔の上へ夜風に辺りに言った頃。スーリは自室に向かうため、廊下を歩いていた。
コツ、コツ、コツ……と、足音が響く。
部屋の扉が見えてきたころ、部屋の前にナルサスがいることに気付いた。ナルサスは待っていたというように、片手をあげた。
「ナルサス。こんなところでどうしたの? アルフリードは?」
「俺とアイツをセットにするな」
ナルサスは溜息をついた。それにスーリがクスクスと笑う。
この頃、アルフリードと一緒にいることが増えた気がする。大方、アルフリードが付きまとってくるのだろう。
「ところで、スーリ」
ナルサスは片手を腰にあて、自分の胸辺りまでしかない身長のスーリ見下ろした。
スーリは何かを悟った。だから、彼の言葉をじっと待った。
「話をしようか」
ナルサスを部屋に招き入れ、二人は一つの机を挟んでソファに座った。机に立っている、一本のろうそくがユラユラとスーリの心情を表すように蠢く。
ナルサスは、黙って目を伏せるスーリを見つめ、口を開く。
「まず、俺の話を聞いてくれ」
何の話か切り出さなくとも、もう理解している。
スーリの頷きを合図に、ナルサスは本題へと入った。
「スーリ、お前は王家の血を引いていない。それはバフマン殿の言葉で確定だ。そして、先王の遺児であるヒルメス王子と何らかの関係にあったはずだ。親しい仲だった可能性が高い」
途切れることなく、ナルサスは言葉を続ける。
「お前の反応からして、兄かとも思ったが、王家の血を引いていない以上それはあり得ない。ならば、先王オスロエスの養子か。それなら、お前が王女であるのも納得できる」
冷静に解析し、導き出そうとするナルサス。
スーリはいまだ、目を伏せている。
「だが、それなら何故、お前が世に出たのはお前が生まれた五年後だ。養子だったからか。それなら納得できるが、何故アンドラゴラス王の娘として公表された」
必ず矛盾にぶつかる。
真実は何処に……。
「病だったからか。だが、病を持っていた子をわざわざ養子として王家は向かい入れるだろうか」
ナルサスは身を前に乗り出した。
ろうそくが一瞬、大きく揺れた。それを合図化のように、スーリが瞳を開ける。
「……聞かせてくれないか。スーリ、お前のことを」
アメジストの瞳が、真っ直ぐとこちらを見据えたナルサスの瞳を捕らえる。
今から話すのは、昔の話。
過去の記憶の話。
幼い子供の、思い出話。
薔薇のような赤く美しい唇が、口を開いた――。
「私はスーリ、薔の国(ズィーロ公国)の内親王にして、ヒルメス王子の婚約者」
僅かに目を見張った顔が、アメジストに映った。
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