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「ラジェンドラ王子から案内人に遣わされた、ジャスワントと申します」

「ジャスワントか。よろしく頼む」


馬を降りたアルスラーンとスーリは、目の前で跪くジャスワントと向き合う。
そこでスーリは彼を見て、先日の夜で会った彼だと気付く。

綺麗なエメラルドグリーンの瞳。
ジャスワントは少し顔を上げ、彼らの顔を見ると、彼もスーリのことに気付き今度はスーリに頭を下げ、言葉を述べた。


「先日は申し訳ありません。知らなかったとはいえ、ご無礼を」

「いえ、知らなかったのなら仕方のない事。気に留める必要はありません」

「ありがたきお言葉」


ジャスワントの声は平坦だ。先日に会った時の印象とはまるで違うと、スーリは思う。


「これより、軍の先頭につき案内を務めさせていただきます」


話を戻しそう告げたとき、ジャスワントはスーリの足元に毒蛇がいたことに気付く。牙をむく前にとジャスワントはスーリの腕を引いた。


「っわ!」

「姉上!」


そのままジャスワントは剣で毒蛇を切り殺した。
状況に驚いていると、ジャスワントはスーリから手を放し再び頭を下げる。


「毒蛇です。この辺りでは冬でもこういったモノがいます。お気を付けください」

「え、えぇ。ありがとう、ジャスワント」

「いえ。では、私はこれで」


そのままジャスワントは去った。出発まで少しばかり時間がある。
ジャスワントが行ってしまうと、アルスラーンとダリューンがスーリに近寄る。


「大丈夫ですか!」

「お怪我はありませんか?」

「えぇ、平気よ」


スーリは大げさに心配する二人に、平気だと微笑んだ。


やがて、パルス軍はジャスワントの案内により前進した。ウライユールにいる、ガーデーヴィの元へ向かうため。


前進する中、前を憚ったのはグジャラート城塞。

ナルサスは、此処を落とすのは簡単だと言った。しかし、彼が付け加えたようにそう時間を費やすわけにはいかない。
そこでナルサスは使者を送ると言った。後方にいる、ジャスワントとギーヴに目を向けながら。

ナルサスの作戦はこうだ。

彼らが使者として、城塞主の足止めをしている最中の夜中に通過してしまうこと。
そして、一つの仮説も立てていた。――裏切り者の可能性を。


夜中――。

マヘーンドラの手によって潜り込んでいたジャスワントの話に乗ったグジャラート城の者は、パルス軍を襲った。
しかし襲ったはずの食糧を運んでいる後方は、すでに手を呼んでいたナルサスによって弓兵を運んでいた。

こうして失敗に終わったジャスワントはギーヴに捕らえられ、グジャラート城に縛られて運ばれた。


「ジャスワント……」


グジャラート城で縛られたジャスワントが、アルスラーンやスーリの前に出されたのは、もう朝だった。
アルスラーンもスーリも、悲しそうに彼を見た。


「最初から、裏切るつもりだったのか……」

「裏切る……? 裏切ってなどいない」


声を低くし、呟いたジャスワント。
彼は睨みあげるように彼らに顔を上げ、声を張り上げた。


「俺はシンドゥラ人だ。シンドゥラに忠誠を尽くしたまで」

「ガーデーヴィのためか」

「違う! 俺が忠誠を捧げるのはマヘーンドラ様のみ!」


彼は――ジャスワントは、親を知らないと言った。それを拾い、育て上げてくれたのがマヘーンドラ。そう彼は言った。
自分が王都王妃の子ではないと確信していたアルスランは、彼の言葉に胸を締め付けられた。


「さぁ、すみやかに俺の命を絶つがいい」

「では、お望み通り」


控えていたギーヴが剣を抜き、それをジャスワントの首に掛けた。しかし、それはアルスラーンの言葉によって止められる。


「待ってくれ! ……彼を解放してくれ」

「ッ!」


驚きの言葉に、ジャスワントは目を見開いた。
ギーヴは何も言わない。見つめていたのは、アルスラーンの隣にいたスーリだ。彼女の言葉を待っている。


「私からも頼む。彼を、ジャスワントを……解放してほしい」


困惑した瞳でジャスワントはスーリを見た。彼女は微笑むばかり。しかしその笑みは、少しだけ悲しかった。
ギーヴはやれやれと剣を上げた。


「ま、そうおっしゃると思いましたよ。殿下やスーリ殿の言葉なら剣を引きますが、どうか後日、後悔なさらぬよう」


振り下ろした剣は縄切った。地に落ちた縄を眺め、ジャスワントは顔を上げる。
頷いたアルスラーンの顔を見て、一例をし、その場を立ち去った。


「正直、お甘いと思いますが……いいでしょう」

「ありがとう、ナルサス……」


アルスラーンは謝罪を述べると、そのまま城の中へと戻った。ダリューンやナルサスらもそれに続く。
だがスーリのみが、彼が逃げ去った方を眺めていた。


「スーリ殿?」

「あぁ……今行くわ」


ギーヴの声で我に返り、城へと足を運ぶ。
ギーヴは不思議そうにしながら、彼女の後に続いた。


親を知らない――。

ジャスワントやアルスラーン。親を知らない子。
それはスーリにとっても、同じことだった。


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