スーリは酒が入った一つの瓶とそれを灌ぐ器を持って、中庭の噴水場に腰を掛けた。
指で噴き出る水を遊びながら、夜空を飾る星々を眺める。
先の事から、そう時間は立っていない。だからといっていつまでも囚われているわけにもいかない。
スーリは憂いた瞳で月を見上げながら、月に手をかざした。
最後に見た、あの人の顔が忘れられない――。
先日、ヒルメスがあの場を去る寸前に自分を見た、あの顔だ。
悔し気に奥歯を噛み締めていた、あの顔。でも、それだけじゃない。
あの表情には悔しさのほかに、どこか安堵した気持ちがあった。
自分があの人を忘れていたせいだろうか。だとしたら、思いだしたことへの安堵だ。
「ヒルメス様――」
声は夜風に吹かれた。
ラジェンドラ王子軍に紛れ込んだジャスワントは、中庭につながっている廊下を歩いていた。
深い緑の瞳は何処までもまっすぐで、自分の役目をよく見つめていた。
ふと、歩いていた足を止める。視界に何かが輝く光を捕らえた。それの正体を辿っていると、一人の女性がいた。
月や星々に照らされる、美しい人。
「……」
素直に美しいと思った。
自分と同じ生き物かどうか疑うほど美しく、女神か何かではないかと思ってしまう。
輝いていた正体はその髪だ。
祖国では見られない、色素の薄い銀色の髪。
ジャスワントは無意識のうちに、もっと近くで見てみたいという思いに駆られ、足を一歩前へ出した。
その行動に比例して、足音が妙に響いた。
足音に気付いた女性は、ゆっくりとこちらに振り返り、ジャスワントを見つめる。
紫色の瞳。
アメジストのようで、不思議なものを感じる。吸い込まれてしまいそうだ。
女性はゆっくりと歩み寄ってくる。ジャスワントが気付いたころには、既に目の前で微笑んでいた。
「シンドゥラの方ですね。どうかなさいましたか? 宴なら、あちらで行われいますよ」
「い、いや。俺は」
この女性は侍女だろうか。しかし、それにしては服が凝っている。装飾品も身に着けている。
そんなこと思っていると、女性――スーリ――は再び形の良い唇を開いた。
「賑やかな場はお嫌い?」
「あ、あぁ……」
反射で答える。
するとスーリは「それなら」といい、手に持っていた瓶と器をジャスワントに差し出した。
「よかったらこれをどうぞ。持ち出したものの、飲む気になれなくて……」
流れるように受け取ってしまったジャスワント。
戸惑ってスーリを見ると、彼女はじっとジャスワントを見つめていた。真直ぐと。
「貴方の瞳、綺麗ね」
「え?」
「エメラルドグリーンと言うのかしら。素敵だわ」
一笑をすると、そのままスーリは何処かへ行ってしまった。
残されたジャスワントは、渡された酒に毒が盛られてないか気にしながら口に含む。
酒は入っていないようだ。酒の美味な味が口に広がる。
「……」
注いだ器の中で、夜空の月が浮かんでいた。
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