アルスラーンと別れてすぐにバルコニーへと向かった。
母とアルスラーンと共に近衛兵達に声をかける日であったからだ。
「大義である」
二言三言声をかけた母であるタハミーネはすぐにバルコニーを立ち去った。
その後ろ姿にアルスラーンは手を伸ばそうとする。
スーリと共に手を振った後、すぐにタハミーネの後をアルスラーンは追ったが、すでにタハミーネの姿はなかった。
「…」
アルスラーンは青い瞳を伏せた。
「アルスラーン」
「姉上…」
スーリに振り返ったが、その視線もすぐに床へと落ちていく。
すると、アルスラーンはぽつりとつぶやいた。
「…立派な王とは、なんだろうか」
父のように強い人だろうか、母のように気高い人だろうか。この城に来てからずっと考えているというのに、未だその断片すら見えていない。
「私には、まだわからぬままだ…」
「貴方は貴方の思うままにすればいい。真似事などせずに、貴方なりの立派な王になりなさい」
「姉上…」
微笑むスーリはまるで女神のように美しい。
弟であるアルスラーンでも、見惚れてしまう。
「はい!姉上」
アルスラーンは笑顔を見せた。
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数日後_。
スーリは中庭の噴水場に腰を掛け、優雅に横笛を吹いていた。
彼女は芸も剣や弓も使える。
才色兼備というものだ。
太陽の光が彼女の髪と水を輝かせ、彼女のいる一定の範囲が違う世界のように感じられた。
「スーリ王女様だわ」
「あら、また中庭で演奏を?」
「あぁ、姫様は本当にお美しい…」
「姫様だ」
「スーリ様はタハミーネ様に負けぬぐらいお美しいな…」
演奏をしているをスーリ盗み見る侍女や兵士たちが城内でひそひそと話す。
こんなことは日常茶飯事だ。
彼女の噂話は良いものから悪いものまである。
悪い噂ではスーリのことを『魔眼の姫君』と呼んだ。
魔眼とは、彼女の美貌に嫉妬した誰かが言ったもの。一層美しい彼女の目を見た者は魅入られてしまう…そういう話だ。
「はぁ…」
演奏をやめ、溜息にも似た息を吐くとたまたま通りかかったサームがスーリに近寄った。
「相変わらずですな、姫様」
「あ、サーム」
サームは噂話をする人たちをチラリと見ていった。
「噂話は好きではないわ」
「…止めてまいりましょうか」
「あぁ、いいわ。好きに話させておあげ」
今にでも止めに入ろうとするサームをスーリは手で制した。
「よかったら、お座りになる?」
「いえ。私はこのままで」
笛を膝に置いたスーリは、片手で自分の隣を一、二度たたき、問いかけるがサームは断り、立ったまま話を続けた。
「そういえば、スーリ様は17でございましたね」
「えぇ、そうよ。いきなりどうして?」
「いえ。そろそろ、結婚をしてもよいかと…」
サームの言葉にスーリは苦笑をした。
彼女はこの話題が苦手だ。
自分はする気もないし、アンドラゴラスやタハミーネからもそういった話は来ていない。
「そういうのは、まだ…」
「城内でもその外でも、姫様を狙うものは数多くおりますよ」
「もう…やめて、サーム」
「はは、申し訳ありません」
サームの言う通り、彼女の美貌のうわさは国を超えている。
それほど美しいと言うことだ。
スーリは部屋に帰ろうと立ち上がり、サームの横を通り過ぎる。
「お部屋にお戻りになりますか?」
「えぇ。久しぶりに話せてよかったわ」
「お送りします」
「いえ。部屋から近いわ。ありがとう、サーム」
スーリはサームに微笑みかけ、再び足を進めた。
日が落ちる前の、夕方ごろ_。
兵士がこそこそと話す内容がスーリの耳に入った。
『アルスラーン王子が捕虜に捕まった』
しかも、それは数時間も前からだそうだ。
スーリは駆け足で城内の扉へ向かおう。すると、アルスラーンを連れたダリューンと出くわした。
「アルスラーン!」
「あ、姉上!」
馬に乗ってたアルスラーンはスーリが来たとわかると、すぐに馬から降りた。
「捕虜に捕まったと聞いたわ」
「あー…その…」
「けがは…」
「ありません! …ごめんなさい、姉上」
アルスラーンはしゅんと申し訳なさそうに顔を伏せた。
「無事で何よりよ。さ、部屋でお休み」
「はい! ありがとう、ダリューン」
「はっ!」
アルスラーンはダリューンに礼を言うと駆け足で自分の部屋へと向かった。
見えなくなるまで後姿を眺め、ダリューンに向き直る。
「久しぶりね、ダリューン」
「はい、姫様」
ダリューンは跪くとがそれをスーリが止めた。
「いいわ。もう何年も一緒にいるじゃない」
「つい、癖でして」
ダリューンは苦笑をしながらも、彼女の言う通り跪くのをやめた。
「さ、姫様もお部屋へ」
「そうね…もう少し話したいけれど」
「なら、部屋までお送ります。お手を」
そう言って手を差し伸べる。
スーリははにかむように笑い、その手を取って歩き出した。
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