02




アルスラーンと別れてすぐにバルコニーへと向かった。
母とアルスラーンと共に近衛兵達に声をかける日であったからだ。


「大義である」


二言三言声をかけた母であるタハミーネはすぐにバルコニーを立ち去った。
その後ろ姿にアルスラーンは手を伸ばそうとする。

スーリと共に手を振った後、すぐにタハミーネの後をアルスラーンは追ったが、すでにタハミーネの姿はなかった。


「…」


アルスラーンは青い瞳を伏せた。


「アルスラーン」

「姉上…」


スーリに振り返ったが、その視線もすぐに床へと落ちていく。
すると、アルスラーンはぽつりとつぶやいた。


「…立派な王とは、なんだろうか」


父のように強い人だろうか、母のように気高い人だろうか。この城に来てからずっと考えているというのに、未だその断片すら見えていない。


「私には、まだわからぬままだ…」

「貴方は貴方の思うままにすればいい。真似事などせずに、貴方なりの立派な王になりなさい」

「姉上…」


微笑むスーリはまるで女神のように美しい。
弟であるアルスラーンでも、見惚れてしまう。


「はい!姉上」


アルスラーンは笑顔を見せた。




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__





数日後_。



スーリは中庭の噴水場に腰を掛け、優雅に横笛を吹いていた。

彼女は芸も剣や弓も使える。
才色兼備というものだ。

太陽の光が彼女の髪と水を輝かせ、彼女のいる一定の範囲が違う世界のように感じられた。


「スーリ王女様だわ」

「あら、また中庭で演奏を?」

「あぁ、姫様は本当にお美しい…」


「姫様だ」

「スーリ様はタハミーネ様に負けぬぐらいお美しいな…」


演奏をしているをスーリ盗み見る侍女や兵士たちが城内でひそひそと話す。

こんなことは日常茶飯事だ。
彼女の噂話は良いものから悪いものまである。

悪い噂ではスーリのことを『魔眼の姫君』と呼んだ。

魔眼とは、彼女の美貌に嫉妬した誰かが言ったもの。一層美しい彼女の目を見た者は魅入られてしまう…そういう話だ。


「はぁ…」


演奏をやめ、溜息にも似た息を吐くとたまたま通りかかったサームがスーリに近寄った。


「相変わらずですな、姫様」

「あ、サーム」


サームは噂話をする人たちをチラリと見ていった。


「噂話は好きではないわ」

「…止めてまいりましょうか」

「あぁ、いいわ。好きに話させておあげ」


今にでも止めに入ろうとするサームをスーリは手で制した。


「よかったら、お座りになる?」

「いえ。私はこのままで」


笛を膝に置いたスーリは、片手で自分の隣を一、二度たたき、問いかけるがサームは断り、立ったまま話を続けた。


「そういえば、スーリ様は17でございましたね」

「えぇ、そうよ。いきなりどうして?」

「いえ。そろそろ、結婚をしてもよいかと…」


サームの言葉にスーリは苦笑をした。

彼女はこの話題が苦手だ。
自分はする気もないし、アンドラゴラスやタハミーネからもそういった話は来ていない。


「そういうのは、まだ…」

「城内でもその外でも、姫様を狙うものは数多くおりますよ」

「もう…やめて、サーム」

「はは、申し訳ありません」


サームの言う通り、彼女の美貌のうわさは国を超えている。

それほど美しいと言うことだ。

スーリは部屋に帰ろうと立ち上がり、サームの横を通り過ぎる。


「お部屋にお戻りになりますか?」

「えぇ。久しぶりに話せてよかったわ」

「お送りします」

「いえ。部屋から近いわ。ありがとう、サーム」


スーリはサームに微笑みかけ、再び足を進めた。






日が落ちる前の、夕方ごろ_。


兵士がこそこそと話す内容がスーリの耳に入った。

『アルスラーン王子が捕虜に捕まった』

しかも、それは数時間も前からだそうだ。


スーリは駆け足で城内の扉へ向かおう。すると、アルスラーンを連れたダリューンと出くわした。


「アルスラーン!」

「あ、姉上!」


馬に乗ってたアルスラーンはスーリが来たとわかると、すぐに馬から降りた。


「捕虜に捕まったと聞いたわ」

「あー…その…」

「けがは…」

「ありません! …ごめんなさい、姉上」


アルスラーンはしゅんと申し訳なさそうに顔を伏せた。


「無事で何よりよ。さ、部屋でお休み」

「はい! ありがとう、ダリューン」

「はっ!」


アルスラーンはダリューンに礼を言うと駆け足で自分の部屋へと向かった。
見えなくなるまで後姿を眺め、ダリューンに向き直る。


「久しぶりね、ダリューン」

「はい、姫様」


ダリューンは跪くとがそれをスーリが止めた。


「いいわ。もう何年も一緒にいるじゃない」

「つい、癖でして」


ダリューンは苦笑をしながらも、彼女の言う通り跪くのをやめた。


「さ、姫様もお部屋へ」

「そうね…もう少し話したいけれど」

「なら、部屋までお送ります。お手を」


そう言って手を差し伸べる。
スーリははにかむように笑い、その手を取って歩き出した。


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