「カーラーン! これ以上、罪なき人々を殺めることを見過ごすわけには行かぬ!」
「アルスラーン!」
「殺せ! 奴の首には金貨十万枚がかかっているぞ!」
アルスラーンを目掛け影を駆け上ってくる兵たちを、アルスラーンは矢で射落とした。後ろを巻き込んで倒れていく上、闇で視界も悪い。
エラムはそんなアルスラーンを投石で援護する。
崖の下ではナルサスやギーヴそしてスーリが剣で切り、ファランギースは木陰に隠れながら矢を放っていた。
「やるな」
「フ、これくらい」
スーリは最初、ダリューンやアルスラーンを筆頭に反対されたが、ナルサスがスーリの想いや実力を考慮し、少しの間だけ戦闘を許された。
そのためスーリは馬を駆けながら剣を振り下ろしたり、木影に隠れ矢を放ったりしていた。
あっという間に隊列は崩れ、兵は引き始めた。
「おのれぇ!! アルスラーン!!」
カーラーンが撤退する兵たちと逆走して崖を駆け上がってくる。
少し遅れて一人の兵がアルスラーンの後ろへ回り込んだ。
それにアルスラーンは気付き、振り向くがそれは木影から出て矢を放ったスーリによって助けられた。
二人のもとへダリューンが向かう。
一掃された辺りに気を許したためか、数名の兵がこちらへ向かってくるのに気づかなかった。
「ッ! スーリッ!」
ナルサスの声で兵に気付いたスーリは剣を受け止めるが、男の力の差にはかなわずに馬から落ちてしまう。
「あッ!」
短い悲鳴を上げた。
直ぐに剣を握り起き上がろうとするが、兵がもう目の前で剣をふるっていた。
「死ねぇ!!」
「スーリ様!!」
「ッ!!」
気付いたエラムが叫ぶ。
振り下ろされる剣は、スーリの瞳にはとてもゆっくりと動いていた。
此処で、殺されるのか…わたしは。
そう思い、瞳を閉じた直後___『風』が通った。
剣が弾かれる音が響く。
「……」
息をのんだ。
どうして、彼が此処にいるのだろう。
目の前の『風』は、ギーヴ_。
スーリの目の前には剣をはじき返し、兵を切り裂くギーヴの後姿だった。
振り返ったギーヴは月を背景に、笑っていた。
「お助けに参りました、スーリ殿__」
驚愕の感情が勝ったためか、すぐに声は出なかった。
「__ギーヴ、なぜ…」
その問いかけにフ…と笑い、スーリの腕を強い力で引くと剣を片手にスーリを抱きしめた。
手は背中に回され、自分の胸にスーリを押し当てる。
「やれやれ、危なっかしい方だ。だからこそ、目を離せそうにない…」
何も言えなくなったスーリは黙ってギーヴに抱かれていた。
ギーヴの目の前には剣を向けてくる兵が数人。
剣を突き立て、冷めた瞳と声で告げた。
「スーリ殿を傷つけようとするとは、命知らずめ。__お主ら、命あると思うなよ」
一段と声を低くしたギーヴに怯えた兵たちは顔を蒼くしてそそくさと逃げ出した。
そんな後ろ姿にギーヴは吐き捨て。
「フ、逃げるか。賢明な判断だな」
ギーヴは握った剣を収める。
「…ギーヴ」
腕の中では自分の胸を押し、出ようとスーリ。
ギーヴは自由になったもう片手でさらにスーリを抱きしめた。
「お怪我はありませぬか、スーリ殿」
「な、ないわ」
「それはよかったです。…このギーヴ、スーリ殿が一人で出て行って仕舞われたときには酷く心配しましたぞ」
ギーヴの言葉にスーリは「そ、それは…」と、言葉を詰まらせた。
腕の中であたふたとするスーリをみてギーヴはまた目を細め、笑う。
向こうからはナルサスとエラムがこちらへ来ていた。
ギーヴの目の前に来たナルサスは顔を少し歪める。
「…妹分が世話になった、礼を言う」
そういってスーリの腕を取るがギーヴは一向に離そうとしない。それにナルサスはさらに歪めた。
「言葉を変えよう、スーリを離せ」
「何もすぐに離さんでもよかろう。俺はスーリ殿に仕えるため、此処まで来たのだから」
その言葉にスーリが一番驚いていた。
エラムも驚き、ギーヴは笑ったまま。
「スーリ殿を妹分とは…もしや、スーリ殿の師とはお主か」
「いかにも、そうだが」
「ほう…」
ナルサスは目を細め、スーリを見る。
「スーリ、こやつを知っているのか」
スーリはギーヴの腕の中から出るとナルサスは掴んでいた手を放した。
「彼はギーヴ。私を城から逃がしてくれた人よ」
この男が、スーリを…。
ナルサスは見定めるかのようにギーヴを見る。ギーヴは面白そうに見返す。
その直後、アルスラーンがカーラーンと叫ぶ。
それにつられ、四人は3人のもとへ急いだ。
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