静かに言ったギーヴの声はよくスーリの耳に響いた。
最高の…それはいったいどんなものだろうか。
彼は金目のものが好きだ。…けれど、今自分は何も持っていない。
ギーヴはその青い瞳で彼女の紫の瞳を見つめたまま、ゆっくりとスーリに近寄った。
座ったまま手で移動するギーヴの動きは、スーリにはとてもスローモーションとして見えた。
いつの間にか、整った顔は目の前に。
驚きながら、スーリは思わず後ろへ後ずさった。
しかし、それを許さぬよう、追い詰めるようにギーヴは迫る。
床についたスーリ手にギーヴの大きな手が重なる。
スーリは少し肩を跳ねらした。
包み込むように重ねられた手によって、もう後ずさることはできない。
ギーヴはスーリ手を伸ばし、耳をなぞり、首をなぞり、後頭部へと移動していく。
くすぐったさに少し身をよじる。
青の瞳が細められる。
ゆっくりと、整った顔立ちのギーヴが近寄る。
あと、あと……。
唇が重なるまで、あと__。
その時。
「む…」
スーリの片手がギーヴの口元を覆い、グイッとできる限り後ろへと押し返した。
頬を赤らめたスーリは目をそらし、横を向いて瞳をユラユラと揺らしいていた。
「ぁ…、えっと…」
見つからない言葉を探そうとするスーリ。
ギーヴは覆われた手の中でフ、と笑った。
随分と可愛い御方だ…。
美しい花は誰もを引き寄せ、そして誰も近づけなく、花はただただ純粋に育って行く…。
まぁいい。
これはこれで面白い。
「それでは、お礼は後日また…」
覆われた手をほどき、その甲に口づけを落とす。
泳がせた瞳はいまだ視点は合わず、その手もピクリとさせていた。
「スーリ殿、俺がこんなにも心惹かれた女性は貴女だけでございます。ですから、このギーヴをどうか御傍に」
「…」
揺れていた瞳は真っすぐとギーヴを見つめた。
…巻き込んではいけない。
これは私の、私たちの問題。
自由が似合う、気ままな彼を縛ることはできない。
スーリはただ、その姿を見つめているだけだった。
「_さぁ、もう眠りますか」
ギーヴはそう言って部屋の中央あたりへ移動し始めた。
スーリもなんとなくその後を追い、二人並んで床に腰を下ろした。
「床で申し訳ありませんが……」
「平気よ。こういうの、何だか新鮮だもの」
クスリと笑い、スーリは体を横にした。
つられ、ギーヴも体を横にし、二人向かい合う。
スーリはゆっくりと瞳を閉じようとするが、ふと赤い炎が脳裏をよぎった。
そのせいか、なかなか瞳を閉じれずにいる。
そんな彼女を気遣ってか、それとも下心か、ギーヴはスーリの手を優しく握った。
…大きくて、温かい。
なんだか不思議と落ち着く…。
彼女は安心したのか、小さな力で握り返し、そっと瞳を閉じた__。
眠った。
目の前にいるスーリは既に規則正しい寝息を立てていた。
まだよく知らぬ男といるというのに、この王女殿下は…。
まったく…とギーヴは半分呆れていた。
しかし、こういった行動も彼女を引き付ける魅力とでもいうのか。
上半身のみおき上げたギーヴは自分が羽織っていた緑色のマントを脱ぎ、スーリにかけた。
自分の体温が残っているせいかマントは温かく、スーリは気持ちよさそうに身をよじる。
指でスーリの頬をスゥ…となぞる。
王女がこの世のものとは思えぬほど美しいとは聞いていた。
それは実際にそうだった。
自分の予想以上にこの王女は美しい。
しかし、自分が此処まで彼女にはまり、こんなにも惹かれるとは思ってもみなかった。
「まさか、俺が王族を救おうとするとはなぁ」
寝息を立てるスーリを見る。
ギーヴはクスリと笑った。
再び横になり、瞳を閉じる。
この御方になら__。
ギーヴは少しだけ、そう思った。
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