地下水路を抜け外に出たとき、スーリは息が切れ大きく息を吐いていた。
「一先ずは、無事逃げ出せたか」
ふぅとギーヴは息を吐く。
後ろを振り向くと赤く燃え上がる王都があった。
赤く赤く燃える炎。
あぁ、いつしかこの景色を見た気がする__いつ?
「…」
しばらくの間スーリは燃え上がる自分の国を眺め続けた。
一人、自分はあそこから逃げ出したのだ。
…そう、逃げたのだ。
スーリは瞳を伏せた。
紫の瞳からは、ぽとりと涙が落ちていた。
その後姿を眺めていたギーヴはスーリに寄り添い、人差し指で涙を拭った。
涙で潤んだ瞳が自分を見つめてくる。
涙で濡れた瞳は、まるで湖のようだ。
「…休める場所を探しましょう」
「…そうね、ギーヴ。探しましょう…」
スーリの手を引いて奥へ奥へと進む。
後ろを盗み見れば顔を伏せているスーリがトボトボと自分に引かれ、ついてくる。
再び前に視線を戻すと、握っていた手を少し強く握り返してくる感触が伝わった。
檻に囚われた姫は、その檻である国を思い、そして失った_。
「……」
いっそ、この際すべてを投げ出し逃げてしまえばいいものを……自分と一緒に。
どんよりとした夜空を見上げ、ギーヴは一人思った。
しばらく歩いた二人は進んだ先で空き家を見つけた。
綺麗だとはとてもいいがたいが、疲れた体を一夜休めるには十分だった。
家に入り、スーリは部屋の奥に腰を下ろした。
一方、ギーヴは食料を調達するため出払っていた。
スーリも最初は行くといったがギーヴに断られ、意見する前に出て行ってしまったのである。
「スーリ殿、リンゴでもいかがです?」
帰ってきたギーヴの腕にはリンゴがいくつかあった。
そのうち一つをスーリに差し出した。
「いたただくわ」
リンゴを受け取り、一口かじる。……甘い。
スーリが食べ始めたのを確認すると、ギーヴも向かい合うように座り、リンゴを食べ始めた。
「…ありがとう、ギーヴ」
「んぅ?」
リンゴを膝の上に下ろしたスーリをギーヴが見る。
「シャプールの事や、私を連れだしてくれたこと」
「ああ...。なに、礼には及ばんよ」
そう言ってリンゴをまた一口かじった。
そんな彼を見てスーリは目を細め、微笑んだ。
「一つ…聞いてもいいかしら?」
スーリは膝に下ろしたリンゴを指でなぞった。
既に一つリンゴを食べ終えたギーヴは、リンゴの芯を捨て、スーリの声に耳を傾ける。
「なぜ、私にそこまでしてくれるのですか? 私は、貴方に何もいていないというのに…」
見返りなしで自分を助けたことに疑問か…。
そりゃそうか。王族やすやすと奉仕する輩は大抵、王族からの見返り目当てだ。
しかも、スーリ殿はこの容姿。そういう奴が周りにいたのだろう。
「俺は美女を置いていく、残忍な心を持ち合わせておらんのでなぁ」
片目を閉じ、いつもみたく笑うギーヴにスーリははにかみながらも嬉しそうに微笑んだ。
「それに、お主は他の王族とは違うようだったしな」
ギーヴは「まぁ…」と言葉を続ける。
「単純に、俺が連れ出したかっただけさ。見返りなどいらんよ」
「でも、救われたわ。…何かお礼はできない?」
「いいですよ、そんなもの」
「でも…」
なかなかスーリは引き下がろうとはしなかった。
ギーヴは考えるように顎に手を当て、横目でスーリを見つめた。
紫の瞳がじっと自分を見つめる。
今、彼女の瞳には自分しか映らない__。
少し優越感に浸った。
ギーヴは口端をあげ、妖笑する。
「では、最高のお礼を頂くとしよう__」
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