「足元が滑る、捕まっていろ」
ランプを片手に、もう片方はスーリの手を握り水が滴る地下水路を歩いた。
二人の歩く動きに比例して水の音が響き渡った。
しばらくの間、歩き続けていると黒い服を身にまとった女がいた。
「おや、先ほどの侍女ではないか」
ギーヴの口ぶりから偽の王妃だろう。
侍女は後ずさったが後ろにスーリがいることに気付いた。
「姫様!? …貴方、姫様に何を!!」
「フム…連れ去ろうとしておるなぁ?」
侍女は短剣をギーヴに向け突進してくるが、避けるとスーリに当たってしまうため手首を握り動きを封じた。
「まぁ待て、一人では心細かろう、俺が出口まで連れてって…うッ!!」
侍女はタラタラと言うギーヴを無視し、容赦なくギーヴを蹴りつけた。
打ち所のせいもあり、ギーヴは蹲り、そのまま侍女は先を進んでいってしまう。
「ギーヴ! ...お待ちなさい! 一人では危険です!」
「スーリ殿!?」
スーリは逃げていく侍女を追っていく。
後ろでギーヴが叫んでいたが、それを無視した。
通路を抜けると二手に分かれた片方の道から集団が歩いてくる。
足音でスーリは通路を抜ける前で止まったが、侍女は気付かずに出てしまう。
「ほう…これはこれは…」
低い声。
男は銀の仮面で顔を覆っていた。
銀仮面は侍女をタハミーネだと思い込んだ。
「カーラーン様? なぜ…」
どうやらそこにはカーラーンがいた。
噂で聞いていたが、本当に裏切ったらしい。
「貴様、王妃ではないな!!」
銀仮面が侍女に向かって接近してくる。
スーリは通路を抜け、侍女を庇うように剣を抜いて前へ出た。
銀仮面はピタリと止まり、目の前で立ちふさぐスーリを見つめた。
後ろにいるカーラーンは驚きの声をあげる。
「スーリ様!? 何故…!」
「カーラーン…」
一度カーラーンを見やるが、目の前にいる男に集中した。
「…お逃げ…早く!」
後ろにいる侍女に叫ぶ。
侍女はためらいながらもスーリの言葉に従い、通路の先へと急いだ。
「スーリ…」
銀仮面がポツリと名前を呟いた。
その声は先ほどの殺気は感じられず、穏やかだった。
「…貴方は…」
「俺だ…スーリ……」
男はゆっくりとスーリに近寄る。
愛おしそうにスーリという名を呼びながら。
「ヒルメスだ…」
「…ヒル、メス……」
ヒルメスという男はもうスーリのすぐ目の前にいた。
突き付けていた剣はいつのまにか下ろしていた。
ヒルメス_。
その響きは妙に懐かしかった。
彼を知っている__今出会った。
彼の名を知っている__どこで聞いた。
その姿見を知っている__いつ、知った。
「スーリ……やっと…」
ヒスメスは手を伸ばす。
もう少しで彼女に触れられる。
だれ_。
妙に懐かしく感じる男は、だれ?
脳裏に薄っすらと浮かぶ姿見は、だれ?
いったい、目の前にいるこの男は__だれ?
「黙ってみていれば」
すると、強い力で腕を後ろに引かれた。
どうやらギーヴらしい。
「俺の許可なくスーリ殿に触れようとは、許しがたいな」
ギーヴは自分の背にスーリを隠した。
「貴様ッ! 俺とスーリの邪魔をするかッ!!」
殺気立てギーヴを切りつけようと素早く接近してくるのに対し、ギーヴはランプを投げ炎をあげさせた。
ヒルメスは顔を手で覆い怒りだした。
それをカーラーンが助ける。
「貴方様は先に!」
「此処にスーリがいるのだぞ! 易々と逃すなど...!」
「…諦めの悪い色男め」
しかしこれから城に向かわなければならなく、ヒルメスは一度スーリを見つめ、悔し気に声を漏らした。
「…男は殺せ。王女には傷一つつけるな」
兵士たちにそう投げかけ、カーラーンと数名の兵を連れてヒルメスは暗闇の中へ消えていった。
残った兵は二人を囲み、剣を突き立てた。
スーリも剣を持ちなおそうとするが、それをギーヴが手で制した。
「スーリ殿はおさがりを。此処は男である俺が相手をしよう」
スーリは大人しく一二歩下がった。
ギーヴは華麗に攻撃をかわし続け、あっという間に兵はみな地べたに伏せていた。
「スーリ殿、お怪我はありませぬか?」
「え、えぇ…」
ギーヴは剣を収めながら振り返り、スーリに笑いかけた。
「…強いのね…貴方」
あの距離からシャプールを射ったのだから相当な腕を持っているとは思っていたが、ここまでとは思ってもみなかった。
「惚れましたかな…?」
指で髪を遊ばせながらキラキラとし、フッと笑うギーヴ。
スーリは答えもせず、そんな調子のギーヴにただ微笑んだ。
ギーヴはそそくさと兵の懐から金を盗み取り始める。
スーリは何も言わず、ただヒルメスといった男が向かった先を眺めた。
「さてと、それでは行きますか」
ギーヴが投げ捨てていた弓を拾い上げる。
すると向こうからまた多くの足音が鳴り始めた。
「多いな…。急ぎましょう、スーリ殿」
「そうね」
スーリの手を取り足早に水路を駆け抜けた。
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