08




部屋の中で、一人城外を眺めながら椅子に座っていた。

空は真っ黒で灰色の雲が覆う。
どんよりとした、晴れない空はまるで自分を表しているようだ。

ふと、目線を下ろす。


「…」


今すぐにでも、此処を出ていきたい。
いや、この国から逃げ出したいというわけではない。

ただ何もせず兵たちにだけ任せたくないのだ。
何とかして手を貸したい。力になりたい。

一体何のための力だ。

しかし王女である以上、ここから出ていくわけにもいかず、何もできずにただ此処にいる。


戦いたい…戦わせてほしい。
けれどそんな自分を嘲笑うかのように、自らの両手が震えていた。

稽古のみで実践は皆無だからか…。

あぁ…嫌だな…。


一人で自虐的に笑う。
再び城外に視線を送った、その時……。



「__お迎えに上がりました、スーリ殿」



聞いた声に振り向くとそこには青い瞳を細め、微笑んでいるギーヴの姿があった。
腰には剣を。背には弓を。


「なぜ…。貴方は地下水路へ…」

「俺にばれた事に動揺した偽王妃殿が逃げてしまってな。はぐれたんだ」


片手を上げ、いつもの調子みたく笑いながら言った。

ならなぜ戻った。
このまま逃げてしまえば。彼はこの動乱に巻き込まれずにすむ…。


「さ、逃げますぞスーリ殿」


ギーヴはそう言ってスーリに手を伸ばし、彼女の手を掴もうとするが彼女が自分の手を引っ込め、掴むことはかなわなかった。


「…」

「私は、此処に…」


この女は意地でもここに残るらしい。


「此処にいればルシタニアに捕まるぞ。そうすれば、お主は再び囚われの姫だ。何もできぬままにな」

「けれど……」

「逃げれば出来ることはある、今は逃げることだ。お主のために、民のために、アルスラーン殿下のために…」


アルスラーンのために…。

その言葉が酷く彼女の中で何度も繰り返された。


恐らくギーヴはわかっていた。
スーリを主に占めているモノはアルスラーンだという事に。


「さぁ、いつまでも檻の中で咲いてるわけにもいかぬだろう?」


美しき花を閉じ込めておきたい気持ちもあるが、それでも、自由に咲いていたほうがなお美しい。


ギーヴはもう一度手を差し伸べる。
スーリはしばらくその手を見つめ、ギーヴの瞳を見返した。

すんだ青の瞳…。

手の震えは既になかった。
スーリはそっと、その手を取る。


「…えぇ」


スーリの手を握ったギーヴはすぐにでも動こうとしたが、スーリの制止により動かした足をピタリと止めた。


「ぁ、ま、待って!」


スーリは手を放すと机から一つのカギを持ち出し、部屋の奥にあった扉のついた棚を開けた。


そこには剣と弓、短剣_。


スーリは一瞬迷ったのか手をためらった。そして取り出したのは剣。

すぐにその剣についたベルトを腰に巻き付け、近くにあった白いマントを羽織った。


「剣…」

「何も、戦えないわけじゃないわ」


強気な瞳でいったスーリにギーヴはフッと笑った。


「行きますよ」


ギーヴは再び手を握り、城内を走り地下水路へと向かった。


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