04
いくら薬を飲んでもあの声は消えない。眠ろうと目を閉じれば、余計にあの声が聞こえてくる。かと言って他の事に集中していればいいのかと言えばそうではなく、あの声は条件を問わずに聞こえてくる。
あの声から逃れたくて、方法が見つけられないオレは薬を飲むことを止められなかった。時々やりすぎて意識を手放すことはあるが、あの声に起こされる。普通に眠ることすらできず、寝不足の脳味噌は思考がめちゃくちゃで、意識は常に朦朧とした日々が続いた。
書類の文字を追うのが辛くなった。細かい文字の羅列を見ていられなくて、文字が判別できない。おまけに頭がくらくらしてきて、思わず目頭を指で押さえる。
「三途、お前最近寝てねぇの?」
同じ部屋で書類仕事をしていた九井が、ちらりとこちらに視線を向けてきた。オレの様子を見ていたのか、珍しくそんなことを聞いてきた。
「だったらなんだよ」
「別に……まあ、俺も寝れてねぇけど」
九井はそう言ってまたパソコンに視線を移した。九井も普段から徹夜続きで、目元には隈ができ、基本的に目が死んでる。オレも今はそんな顔をしてるんだろう。
そんな九井を横目で流し、オレは再び書類に目を向けた。その時、ふいにまたあの声が聞こえてきた。オレはそれを振り払うように片手で耳を抑えて、頭を振る。
「……魘されてんの? それとも幻覚か?」
「違ぇよ」
九井の言葉をすぐさま切り捨てる。だが聞こえてくる声が収まらずに舌打ちをして頭を振れば、それを見た九井が呆れたようにため息を吐いた。
「酷いんならヘンな薬止めて、睡眠薬でも飲んで無理やりにでも寝たらどうだ?」
デスクに肘を付いて、九井は仕方なさそうな顔をしてオレを見てくる。
「今のお前、相当ヤベぇぞ」
「うっせぇ」
そう言って、オレは進まない書類仕事を放りだして部屋を後にした。
なんとか今日の分の仕事を終え、自宅に帰り着く。精神的にも肉体的にも限界に近い身体は泥のように重く、足先は自然とソファに向かってオレはその上に崩れ落ちるように身体を横たえた。
身体を読頃にすれば、瞼が重くなる。自然と身体は眠りに着こうとするが、不眠症にも近いこの状態で上手く意識を手放すこともできない。オレは仰向けになりながら力なく片手で額を抑えた。
その時、昼に九井が睡眠薬と言っていたことを思い出した。
睡眠薬は持ってる。でも薬物と使ってるオレがそれを使うことはほとんどなかった。この際だ、効果は期待できなくても、使ってみるだけ使ってみよう。
そう思ってオレは重い身体を起こして、引き出しにしまった薬を取り出した。手に取ったのは効き目の強い睡眠薬だ。今回はこれを飲んでみよう。
適当に錠剤を摘まんで、またソファの上に寝転がる。そうして仰向けになって、摘まんだ錠剤を口の中に放り込み、ゴクリ、と飲み込む。
これで眠れればそれでいい。そう思いながら、しばらくぼうっと天井を眺めた。
すると徐々に意識が朦朧としてくる。流石は強い薬だけあって、効き目はあったようだ。このまま抗うことなく、瞼を閉じて、意識を手放す。オレはそっと重い瞼を閉じる。
――春くん。
意識を手放す直前、またあの声に名前を呼ばれた。でもそれに応える気力も無く、オレは押し寄せる波に飲み込まれるように意識を手放した。