03
 それから、オレは当ても無くあいつの痕跡を探すようになった。頼れるのはわずかな自分の記憶だけ。それだけを頼りに、オレはあいつの面影を探した。

 見つかるなんて、正直なところ思ってはいなかった。名前も覚えていない。顔も覚えていない。そんな状態で、いったいどうやって人を探すって言うんだ。いくら梵天という反社会組織とて、そんな水に浮かぶ影を追うようなことはできない。でも、オレは諦められなかった。

 それは焦燥感か、苛立ちか。はたまた空虚感か、痛みか。理由は分からない。いろんな感情が自分の中でごちゃ混ぜになって、自分でも分からなかった。でも、どうしようもなく胸に穴が開いたような感覚と、締め付けられる感覚だけは確かで、それがひどく苦しかった。

 手掛かりを探した。それで何度もあの公園に訪れた。そうすれば、あいつのことを少しでも思い出せると思った。

 暇さえあれば公園に通った。朝でも、昼でも、夜でも。確かにあいつが居たという事実がこの公園から伝わって来て、此処にいると何故か安心した。




 ――ねえ、今日は春くんのお話を聞かせてよ。
 ――面白い物を見つけたの。春くんにだけ、特別ね。
 ――今日も会えたね、春くん。




 公園に来て思い出す、あいつの記憶。いつもオレの手を引いてくれた、あの手の感触を確かに覚えている。笑いかけてくれたことも、覚えている。それでも、あいつの顔はずっと朧げだ。記憶の中で影になって、あいつの顔がはっきり見えない。どんな髪をしてた、どんな瞳をしていた。その欠片さえ、思い出せない。

 もっと記憶を掘り出したくて、あいつの欠片を集めたくて、オレは当ても無く彷徨った。公園の近く、通っていた学校の近く、以前住んでいた家の周辺。記憶を辿れそうな場所には全部足を運んだ。でも、あいつを思い出すことは無く、いつまで経ってもオレはあいつを思い出せない。


 ――春くん。


 確かに聞こえる声。確かに鮮明に思い出せる記憶。あいつは居た。そこに確かに居た。そう確信しているのに、不安になる。あいつは幻だったんじゃないかって。本当は居なかったんじゃないかって。ただのオレが作り出したもうそうなんじゃないかって、不安になる。きっとそれで片付けられたら楽だった。でも、鮮明に思い出せる記憶と聞こえてくる声が、違う、と言ってくる。

 思い出せない。あいつのことを。

 手掛かりを探すのにも限度を感じ始めた。もともと情報が少ないまま始めたことだが、これ以上はどうすることも出来ない。見つけることが出来ない。あいつの痕跡を辿ることはできない。いや、そもそもその痕跡が無いのだ。見つけられない以前に、あいつの痕跡は何処にもなかったのだ。

 あらゆる情報を洗った。見つけられる手掛かりは全て探し尽くした。手段を選ばずに探し続けた。それでも見つからない。あいつは何処にも居ない。痕跡が丸ごと消え失せたかのように、あいつは何処にも居なかったのだ。

 その事実が余計オレを駆り立たせ、苛立ちを募らせた。

 どんなに探しても、居ない。どんなに探しも、見つからない。それがどうしても、受け入れられなかった。受け入れるのが、恐ろしかった。


 ――春くん。


「うるせぇ オレを呼ぶんじゃねぇ 黙れッ


 頭の中で鳴り響くその声にオレは声を荒げた。そうして自宅のテーブルに置いてあった書類や薬、それら全部を手で払って、床に撒き散らす。

 そうやって声を荒げて、怒りをぶつけるようにものに当たったところで、声の主はそこには居ない。だから意味が無いのは理解してる。でも、どうしようもなかった。


 ――春くん。


「うるせぇ……うるせぇんだよッ!」


 ドンッ、とテーブルを拳で殴る。鈍い音が響いて、手から痛みが奔った。でも、それでも意味はない。どんなに願っても、その声はオレを名前を繰り返す。オレの名前を、まるで呪いみたいに呼んでくる。


 ――春くん。


「オレを呼ぶな……その声でオレを呼ぶな……ッ」


 両手で頭を抱えて、そのまま両耳を塞いで、その場に蹲る。ぎゅっと目を瞑って、ただその声から逃れようとした。でも、頭の中で響く声は治まらず、瞼の裏には脳裏に焼き付いた記憶が鮮明に流れ出す。どうやっても逃れられない。どうやっても、お前が離してくれない。

 なあ、どうしてオレの名前を呼ぶ、どうしてオレの名前を繰り返す。お前はなんだ。いったい何がしたいんだ。なにをして欲しいんだ。お前は……。


「誰なんだよ……お前は……ッ」


 ――春くん。


 そう問いかけても、その声は応えてはくれず。ただオレの名前をなぞる。

 それにぐっと唇を噛んで、オレはそのまま意識を手放した。





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