「・・・・・・」


聖杯の泥に覆われたオジマンディアスは、おもむろに瞼を上げた。まず、目に入ったのは赤く覆われた黒い空だった。地べたに寝そべった身体を起こし、辺りを見渡す。あたりは破壊しつくされ、炎に包みこまれていた。

こうなることを、ディーアは知っていたのだろう。今までの言動や事情やらを考えれば、すぐにでもわかる。これが、この聖杯戦争の結末か。

オジマンディアスは傍らに目を向けた。傍らに横たえているのはディーアだ。ギルガメッシュの宝具は消えており、貫かれた腹の傷はすでに塞がっていた。すぐさまオジマンディアスは頭を支えながらディーアを抱き起した。


「ディーア、ディーアよ。目を覚ませ」


抱き起し、瞼を下ろしたディーアに呼びかける。するとその声に気づいたのか、ディーアはゆっくりと瞼を上げた。目を覚ましたディーアに再び名をを呼ぶ。まだ意識がはっきりしない様子のディーアは瞳であたりを見渡した後、自分を抱き寄せているオジマンディアスに視線を向けた。


「オジマ、ンディアス・・・・・・」


オジマンディアスを瞳にとらえ、その名を口ずさんだ。
その様子を見て、オジマンディアスはほっと安堵の息を零し、目元をやわらげた。

「身体に異変はないか」と問えば、意識がはっきりしてきたようで「ええ・・・・・・大丈夫よ」と先ほどよりもはっきりと言葉を口にした。しかし、本調子とは言えず、今にも気を落としてしまいそうであった。自分で起き上がろうとするディーアの背に手を添えると、そっとディーアは自分の腹に手を添えた。「あの泥の影響で塞がったようだな」そんな彼女にそう口にする。

「あなたは・・・・・・?」疲弊しながら心配げな瞳でオジマンディアスを見る。「外傷はない。だが、余も泥の影響で受肉してしまったようだが・・・・・・」泥を被った影響で、魔力で存在しているオジマンディアスの身体は受肉を果たしてしまっていた。その状態に本人は驚くことも無く、ディーアも知っていたような反応をした。


「ひとまず、此処にもう用はない。場所を移動するぞ」


受肉を果たし魔力の充満も十分ではないオジマンディアスと、泥を被り傷の負担を拭えず疲弊しきっているディーア。2人には、すくなくともディーアには十分な休息が必要だった。

「余に身体を預けよ」オジマンディアスは抱き起したディーアの身体をさらに抱き寄せ、膝と背に腕をまわした。自分で立ち上がろうとしたディーアだが、そんな体力はもう無く。オジマンディアスの言葉に素直に甘え、身体の力を抜いてその身をゆだねた。

ディーアを横抱きにして、オジマンディアスは燃やし尽くされた道を歩いた。建物は崩れ、人の死体は山のように転がっている。泥に侵された大地は黒く染まり、まるで腐敗しているようだった。「まるで地獄絵図だな」歩みを止めず、辺りを見ながらオジマンディアスは言った。


「貴様は、これを阻止したかったのか」


腕の中に居るディーアに問いかける。

「・・・・・・これを乗り越えて、未来で英雄になる、少年がいるんだ」ディーアは身体を預けたまま、力ない声で語り始めた。「わたしは、彼を、よく知っている」懐かしむように、瞼を閉じた。「これを回避すれば、きっと彼は幸福なまま、その生を終えるだろう」この過去があったから、彼はあの男に出会い、そして憧れ、一心にその道を駆け抜けた。そして、その先に何度も絶望した。「けど・・・・・・」回避すれば、彼には出会わない。彼と言う存在はいなかったことになってしまう。もう、出会えなくなってしまう。

「もう良い」言葉に詰まったディーアに、オジマンディアスはそう言って語らせるのを止めた。今はそんな感情より、身体を休ませるのが先なのだ。

黙ったままオジマンディアスは地獄のような道を進んだ。まるでゆりかごのように揺られながらぼんやりとしていたディーアは、ふとオジマンディアスに問いかけた。


「・・・・・・いつから、気づいていたの」


なにに、とは口にしなかった。口にしなくとも、オジマンディアスもそれを理解できた。その問いを聞き、腕の中に抱えるディーアに視線を落とし、クスリと笑みを浮かべた。

「そうだな。初めて現代を散策したときには、もう気づいていた・・・・・・いや、思い出した、と言った方が良いか」初めて散策したのは、突然現代の街を案内しろと言われた時だ。好きな場所へと言われ、いろんな所へ行った。思えば、あの時からオジマンディアスの様子は一変していた気がする。

オジマンディアスも理解しているだろう。ディーアは、『何処にも存在しえない』ゆえに『何処にでも存在する』という性質を持つことを。その存在は曖昧で不確か。『過去に存在しない』ゆえに、彼女のがいた過去があるはずがないことを。それでも「思い出した」と言って、本来いないはずの彼女の存在を、彼女が居た証を、オジマンディアスは認めた。確かに、お前はここに存在していたのだと。

それに、また泣きたくなった。


「もう眠れ、ディーア。何も心配することは無い。余の腕の中で、今は眠るがいい――――此処までよく耐え抜いた」


優しい、すべてを温かく包み込んでくれる。安心させるように。すべてから守ってくれるかのように。温かな太陽に包まれ、ディーアはそっと意識を手放した。

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