あまりの息苦しさに、手放していた意識が浮上した。身体はひどく重く、怠い。全身が燃えるように熱くて、肌がべっとりとしている。

 重たい瞼を開けた。ぼんやりと天井を見上げていれば、だんだんと視界は晴れて、見慣れた景色が映り込む。

 此処は、拠点だ。バーサーカーの攻撃を受けて、オジマンディアスに宝具を辞めるように訴えてから、その後の記憶がない。意識を手放したあと、オジマディアスが連れ帰ってくれたのだろう。

 まだ、上手く息が吸えない。肩を上下に動かして、全身で酸素を肺に取り込む。意識が覚醒したせいで、今まで感じなかった痛覚も戻ってきた。身悶えるくらいに痛くて、ディーアはぎゅっと布団を強く握った。


「目が覚めたか」


 低い声と共に、ギシリとベッドが揺れた。

 見上げれば、ベッドの傍らに腰を下ろして、身を乗り出すようにしてこちらを覗き込むオジマディアスと目が合った。荒い息を繰り返しながら、オジマディアスを見返す。オジマンディアスはそっと目を細めて、額にべっとりと張り付いた髪を指で払いのけた。


「止血はした。だが……」


 オジマンディアスは、傷を負ったディーアの腹部を見下ろして、静かに首を横に振った。


「酷いものだ。死んでもおかしくはない」


 彼の言う通り、あの場で死んでいてもおかしないような傷だ。肩を撃ち抜かれた傷は致命傷を避けているから問題はないが、そうとは言っても腕を通常のように動かすには少々時間がかかる。腹部の傷に関しては、傷口は広く深く、大量出血もした。まさに、生きているのが奇跡だ。

 ふいに視線を逸らせば、ベッドの傍に血で汚れたタオルや水桶が置てあることに気づいた。指を滑らして自分の身体を触ってみれば、肩や腹部には包帯が巻かれていた。オジマディアスが手ずから手当てしてくれたのだろう。彼に感謝しなければ。

 ディーアは腹部に手を当てて、魔力を集中させた。しかし体力を酷く消耗させているせいか、上手く魔術が使えず、治癒が施せない。いくら手当てされてるとはいえ、早く治癒を掛けなければ危険な状態だ。ディーアは、仕方がない、と傍らにいるオジマンディアスの手を弱々しく引いた。


「……地下、に……魔力、の……こもった……石、が……」


 息も絶え絶えで、上手く言葉も紡げない。

 途切れ途切れに小さく紡がれるそれに、オジマンディアスはそっと耳を寄せて言葉を聞いた。地下、というのは自分が召喚された場所だろう。辛気臭いあの場所には、召喚されてから一度も立ち寄っていない。


「……しばし待て」


 オジマンディアスは優しくディーアの頬を手の甲で撫で、ベッドから腰を上げた。疲れて重たい瞼を下ろし、次に開いた時には、オジマディアスの姿はそこにはなかった。

 オジマンディアスはディーアに言われた通り、地下室に足を踏み入れた。歩いて向かうより、霊体化して向かった方が早い。それに加え、霊体化をしていたほうが無駄に魔力を消費しないで済む。今のディーアに、無意味に魔力を消費させるのは危険だ。

 地下室は相変わらず辛気臭く、少し埃っぽい。ぐるりと辺りを見渡しても、長らく使われていない痕跡ばかりで、ディーアでさえあまり立ち入っていないのが目に見えて分かる。その中に一つだけ、最近のものと思われる、机に乱雑に放置されたいくつかの石を見つけた。一つ指で持ち上げて見てみれば、見知った魔力が込められているのに気づく。ディーアが言っていたのはこれの事だろう。オジマンディアスはそれを一つだけ持ち出して、すぐさま地下室を後にした。

 霊体化をして部屋に戻れば、ディーアは苦しげに顔を歪めて瞼をぎゅっと瞑っていた。しかし、傍らで空間が揺らめいたことに気づいたのか、固く閉じていた瞼を開け、傍らに姿を現したオジマンディアスを見上げた。


「貴様が言っていたのは、これで良いのか」


 先ほどと同じように顔を覗き込んで、眼前にそれを差し出す。

 ディーアは差し出された石をおぼつかない指先で受け取り、手の中に収まる石をぼんやりと眺めた。石は不思議な光彩を放っていて、とても美しい。ディーアはそれにそっと身を寄せて、額でそれに触れた。その瞬間、石は神秘的な輝きを放って、魔力を放出した。空中に現れた魔法陣は、ディーアの身体を中心に展開され、淡く消えていく。横になるディーアに視線を下ろせば、荒い呼吸はようやく落ち着きを取り戻し、ぐったりと身体をベッドに預けていた。

 オジマンディアスはディーアの傷に再度視線を向けた。目に見えて治癒されているようではないが、それでも徐々に傷を塞いでいるようであった。


「こうなることを、貴様は知っていたのか」


 用意周到だ、とオジマンディアスは思った。まるで自分が魔術を使えなくなることを見越して、準備していたように思えた。


「……いいえ。何かあった時のために……準備していただけ、です……」


 けれど、それは考え過ぎのようだった。

 ディーアは口元に笑みを浮かべて、瞼を閉じたままゆっくりと首を振る。

 オジマンディアスは血色が悪いディーアの頬をそっとなぞり、その隣に身体を横たえた。傍らで動く気配に瞼を上げたディーアだったが、優しい力で身体を包まれ、目元に大きな手が覆って視界を塞がれる。暗くなる視界と伝染する温もりが相まって、睡魔が襲ってきた。


「今は休み、その傷を癒せ。貴様が今すべきことはそれだ」


 耳元で、心地好い声音が響く。

 ディーアはそれに誘われるように、再び意識を手放した。

22





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -