真夜中。

 キャスターを討伐し終えたあと、マスターとサーヴァントは皆それぞれその場を後にした。キャスターを倒した際に、どのサーヴァントも魔力を多く消耗した。誰もが深入りを避けたがっている。


「今夜ばかりは、どのサーヴァントも動かぬか」
「だからこそ、邪魔が入らない絶好の機会とも言えるでしょう」


 人気のない道を通って、ディーアたちは徒歩で拠点に向かっていた。あんなにも騒がしかったのに、今ではしんとしていて、とても静かだ。

 あたりの気配を探って視線を向けたオジマンディアスに、ディーアは頷きながら答える。深入りを避け戦闘を回避したい、という気持ちはどの陣営にもあるだろ。しかしそれは、視点を変えれば仕掛けるのに絶好の機会であり、決して邪魔が入らないことも意味している。少なからず、この機会に動く陣営もいるだろう。

 オジマンディアスの大きな背を見つめながら、その後を着いて行く。静寂が支配する真夜中には、風一つ吹くことも無い。完全なる静寂。

 そのとき、全身に電流が走った。


「――ッ! ライダー!」


 叫んだ声と同時に、けたたましい咆哮と大きな大剣がオジマンディアスに振りかざされた。魔力がぶつかり合い、爆風が生じる。ディーアは片腕で庇いながら目の前を見つめた。オジマンディアスは突然襲い掛かってきた攻撃にも驚くことは無く、難なく防いでいた。そのまま跳ね返し、距離を取る。


「狂犬めが、また余に刃向かうとは」


 襲い掛かってきたのは、バーサーカーだった。バーサーカーも、あのキャスター討伐の際に派手に暴れまわっていた。魔力を大分消耗しているはずだ。それなのに、あえて自分たちを襲ってくるとは。バーサーカーの独断なのか、もしくはマスターの判断なのか。

 ディーアはバーサーカーを警戒しながら、辺りに視線を向けた。マスターの姿は見えない。バーサーカーの独断の可能性は高いが、一体なぜ自分たちをあえて狙ったのか。バーサーカーなら、迷わずセイバーのもとへ向かうと思うが。

 しばらくバーサーカーとオジマンディアスの睨み合いが続いた。すると、オジマンディアスはフッと笑って「ふん、良かろう」と携えた杖で地面を叩いた。


「貴様は下がっておれ」


 振り返ったオジマンディアスにディーアは静かに頷き、一歩二歩と下がり、巻き込まれないように二人から距離を取る。

 そして、戦いの火蓋は切られた。

 咆哮が轟く。バーサーカーは凄まじい身体能力でオジマンディアスに襲い掛かった。オジマンディアスはそれを交わしながら、空に浮かんだ太陽船から太陽の如き光輝を放って、応戦する。そしてバーサーカーもそれを回避し、オジマンディアスとの距離を詰めて手に持った体験を振りかざした。

 どちらも譲らない状態だが、それも時間の問題だ。間違いなくオジマンディアスの方に綻びが出る。侮っているわけではない。オジマンディアスは強力なサーヴァントだ。あのアーチャーとも並べるほどのサーヴァントであるのは間違いない。けれど、サーヴァントというのは振り分けられたクラスに縛られ、性能もそれに見合わせたものになる。オジマンディアスはライダーだ。ライダーは多くの宝具を持つのが特権だが、オジマンディアスの宝具のほとんどは遠距離のもの。自身との距離を取られれば取られるほど、不利になってしまう。

 ディーアは、バーサーカーの攻撃を受け止めるオジマンディアスの表情がわずかに歪んだのを確かに見た。

 早くこの状況を打破しなければ。サーヴァントの戦いに入るのは無謀もいいところだ。バーサーカーのマスターである間桐雁夜をどうにかすれば、バーサーカーの追撃は止むだろう。しかしそのマスターの気配が近くに感じない。ないより、此処で自分たちが正規の彼らに手を下すのはまずい。

 ディーアは固唾を飲んで彼らを見つめた。そのとき、遠方からこちらを覗く存在に気づく。


「――ッ!! くっ……!」


 ハッとその視線に振り返った直後、肩に激痛が走った。

 その瞬間を見ていたオジマンディアスは、その太陽の瞳を大きく見張った。


「ディーア!」
「ッ、平気です!」


 肩を庇い、バーサーカーの追撃を受けるオジマンディアスにディーアは叫んだ。

 肩を撃ち抜かれた。魔弾の類ではなさそうだ。魔術回路に異変は無い。

 ディーアは弾丸が放たれた方向を、警戒しながら見渡した。

 この距離からでは見えない。おそらく相手はセイバーのマスターである衛宮切嗣だろう。しかし、何故ここにいる。介入者である邪魔な八人目を早いうちに処理するためか。真相は分からない。追撃は無さそうだが、此処に居ては格好の的だ。この辺りには、身を隠す場所が少なすぎる。今回は運良く気づいて致命傷を避けられたが、次も上手く行くとは限らない。此処で自分が死ねば、サーヴァントであるオジマンディアスも現界できなくなる。まだ聖杯すら現れていないのに、それでは計画が狂ってしまう。それだけは避けなければ。

 撃ち抜かれた肩をグッと掴む。その下からドクドクと血は流れ出して、止まらない。早く止血もしないと。

 そのとき、視界の端で、懐に入られたバーサーカーの攻撃を受け、跳ね返されたオジマンディアスの姿が映った。


「――ライダーッ!!」


 辺りに舞った煙で彼の姿が見えない。パスは繋がっている。無事のはずだ。
 ディーアは自分の傷を後回しにて、オジマンディアスに駆け寄ろうとした。

 その瞬間だった。

 闇に覆われた大剣が、大きく振りかぶった。


「あ……っ……」


 血飛沫が舞う。身に纏った白い服が、赤く染まっていく。身体に大きな一直線の傷が作られる。

 いつの間にか、バーサーカーが目の前に居た。こちらが気づくよりも早くバーサーカーはその大剣を振りかざしていて、気付いた時には、身体を切り裂かれていた。

 全身から血が流れて行く感覚が分かる。体温は奪われて、指先から冷えていく感覚があるのに、傷口は火傷をしてしまいそうなほど熱い。

 朧げな視界のなか、目の前に眩い光の光線が走ったのを見た。バーサーカーはそれを避け、距離を取って目の前からいなくなる。

 力の入らない身体は、そのまま重力に従って倒れて行く。けれど地面にぶつかる気配はいつまで経っても来ることは無く、感覚すら上手く感じ取れないなか、優しく身体を包んでくれる温もりを感じた。


「……っ……ライ、ダー……」


 重い瞼を開け、ぼやけた視界で自分を抱きとめた彼を見上げた。よく見えないが、無事のようでほっと安心した。

 オジマンディアスは、自分の腕の中で血を流す彼女を呆然と見下ろしていた。朧げな瞳で見上げては、安堵したように瞼を閉じる彼女。身体を引き裂かれた場所からは止めどなく赤い鮮血が流れ出し、体温を奪い去って行く。

 咆哮が響いた。オジマンディアスは彼女を腕に抱いたまま、狂戦士に視線を向けた。


「貴様――五体満足では済まさぬぞ」


 地を這うような、低い声。その眼光は鋭く、一目で息の根を絶やしてしまいそう。

 魔力が渦巻いた。オジマンディアスを中心に、魔力が集中する。どこからか生じた風が、彼を包み込むように吹き荒れる。真夜中に、眩い光が放たれた。それは君臨する太陽王を照らすように、天上の光が彼に振り注いだ。


「『光輝の大複合神殿』――!!」




× × ×




 彼こそは、生前に自ら神を名乗った強大なファラオの一人であり、統治三十三年目の記念式典において『ラー、神より生まれし者』を名乗った。

 彼は新たに建造された国内のあらゆる記念碑を監修し、時には自ら口述してみせたのみならず、過去に存在した記念碑や人物像を改変し、古き勲しをも自分のものとした。治世の後半三十年間ほどで、彼はエジプト中の様式がばらばらになるのを意に介さず、数多の神殿を建設させたという。

 或いは彼は、神の座する世界を現世に引き寄せて、この世とあの世の同一化を目指したのかもしれない。




 超大型複合神殿体の最奥。

 神の眼を模したシンボルを備えた空間には、膨大な魔力回路を思わせる幾筋もの淡い光が照らしている。主神殿の表層部はヒッタイトの神鉄で覆われており、並みの対軍宝具ならば無傷で弾き返す強度を持つ。その中心には玉座が存在し、オジマンディアスはそこにいた。彼は神殿内部で起きる事象の全てを自動的に認識し、外の様子も細かく把握する事が可能だ。彼は神殿に閉じ込めたバーサーカーを、じっと玉座から見つめる。


「ファ、ラオ……」


 彼の腕に抱かれたディーアが、おもむろに口を開いた。相変わらず傷は痛々しく、真っ白な衣服を赤く染め上げている。ディーアは痛意識も朦朧とするなか、朧げな眼差しでオジマンディアスを見上げた。


「黙っていろ。貴様の傷は深い」
「今すぐ……宝具展開の、中止を……っ……」


 グッとオジマンディアスの白いマントを掴み、ディーアは強く主張した。

 息をするのもやっとのことだろうに、ディーアは短く呼吸を繰り返しながら訴えるように強い眼差しで見上げる。それに、オジマンディアスはそっと目を細めた。


「貴様、余の決定に異を唱えるか」


 睨みつけてくる瞳に怯むことなく、ディーアは息も絶え絶えのなか、はっきりと言葉を述べる。


「私たちは、イレギュラー……聖杯戦争の、終盤に……差し掛かってはいても……ここで、正規のサーヴァントを倒せば……歪みが生じる……本来、あるべき未来に……影響を、与えかねない……」


 肩を大きく揺らし、呼吸を繰り返すディーア。額には汗が滲んでいた。凛とした表情を浮かべてはいるが、わずかに歪んでいて、痛みに耐えているのが分かる。

 オジマンディアスはじっとディーアを見下ろした。それは真意を探るように、見定めるようであった。ふと、そんな時にディーアが目元をやわらげた。


「……私は、大丈夫……ですから」


 そう言って、ディーアは微笑んだ。いつものように、優しく穏やかに。けれど曲げぬ意志を持ちながら。気丈に微笑む。

 オジマンディアスは、そっと瞼を下ろした。






 神殿は姿を消し、元居た場所に戻る。

 神殿に閉じ込められ、神獣相手に消耗したバーサーカーが地面に転がり、身体を伏せた。その目の前に優雅に姿を現したオジマンディアスは、意識を手放したディーアを抱きかかえながら、鋭い眼光でバーサーカーを見下ろす。


「此度は引いてやるが、次に余の目の前に姿を現せば……その存在ごと塵と化すと知れ」


 唸り声をあげ、バーサーカーは闇に溶けあうようにその姿を消した。その様を、オジマンディアスは最後まで睨みつけていた。

 静寂を取り戻した辺りは、風一つ吹くことなく、音一つもない。オジマンディアスは、辺りの気配を探るように視線を彷徨わせ、敵意の存在が無いことを確認する。視線を下ろせば、現界に達して意識を手放したディーア。深手を負って、大分血を失った。顔は青白く、生気がない。けれど、まだ息も、心臓も動いている。


「貴様は此処で終わるような者では無かろう」


 冷え切った身体を温めるように、抱えた身体を引き寄せる。

 彼らを乗せた太陽船は、真夜中に一筋の光を放って、姿を消した。

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