残ったセイバーたちは、難しい顔を無言で突き合わせていた。そんな重い空気のなか「どうする」とウェイバーが口を開く。このまま時間が過ぎ去れば、ライダーの時間稼ぎは水の泡となり、無駄になってしまう。前線を買って出たライダーのためにも、セイバーたちはなんとかして怪物を倒しうる策を得なければならない。

 固く口を閉ざす彼らを、ディーアは静かに見渡した。

 必要な情報は与えた。あの巨体の怪物を中に潜むキャスターごと倒すには、『対城宝具』以上のものが必要だと、彼らも理解しただろう。『対軍宝具』で固有結界を有するライダーですら打ち倒せないのだ。その事実を受け入れるしかない。

 ちらりと固く剣を握るセイバーを見やった。

 彼女が動かなければ、打つ手はない。彼女が宝具を撃たなければならない理由も根拠も与えた。どうにかして、セイバーに宝具を解放してもらわなければ。

 そのとき、アイリスフィールのポケットから電子音が響いた。携帯電話の着信だ。文明の利器に慣れないアイリスフィールは、慌ててそれを取り出し、ウェイバーにそれを渡した。電話にでたウェイバーは、誰かもわからない男と言葉を交わす。質問に答え、男の楊堅が終われば、電話はすぐに切られて声は届かなくなる。

 会話を終えたウェイバーに、ランサーが、どうした、と尋ねた。ウェイバーは曖昧に頷いて、セイバーに視線を向ける。


「あんたに言伝があった。『セイバーの左手には対城宝具がある』だとかなんとか……」


 その言葉に、ランサーは驚愕しセイバーを見やった。セイバーは気まずそうに唇を噛んで顔を俯かせる。


「それは……キャスターのあの怪物を、一撃で仕留め得るものなのか?」
「可能だろう。だが……ランサー、我が剣の重さは誇りの重さだ。貴方と戦った結果の傷は、誉れであっても枷ではない。この左手の代替にディルムッド・オディナの助勢を得るなら、それこそが万軍に値する」


 セイバーは、倉庫街での戦いでランサーの槍を受けていた。ランサーが持つ紅の長槍――必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)――は、傷つけた相手の回復を阻む効果を持つ。セイバーはそれによって左手の腱を傷つけられている。セイバーの宝具は、両手が使えなければ解放することができない。


「……なあ、セイバー。俺はあのキャスターが許せない。騎士の誓いに懸けて、あれは看過出来ぬ悪≠セ」


 ランサーは携えた黄の槍を両手で握った。


「ランサー、それは――駄目だ!!」
「今勝たなければならないのはセイバーか、ランサーか。 否、どちらでもない。ここで勝利するべきは、我らが奉じた『騎士の道』――そうだろう、 英霊アルトリアよ」


 ランサーはそう言って、セイバーを見つめた。

 次の瞬間、黄の槍は二つに折れた。宝具が破壊され、魔力で編まれたそれは、金の粒子となって消えて行く。宝具が破壊され、槍の効力が失われ、セイバーの左手は何事も無かったかのように元通りになる。セイバーは左手で、手を握る動作を数度繰り返し、ランサーを真っ直ぐと見つめた。


「我が勝利の悲願を、騎士王の一刀に託す。頼んだぞ、セイバー」
「……掛け合おう、ランサー。今こそ、我が剣に勝利を誓う!」


 風を纏った剣が、姿を現す。光り輝く黄金の剣。星の輝きのように、眩しい輝きを放つ。選定の剣。これこそが、英霊アーサー王を英霊たらしめる宝具だった。

 あまりの美しい輝きに、誰もが言葉を失い、その誉れ高い姿に見惚れていた。ずっとその輝きを見ていたいと思えた。だが、それはけたたましい咆哮によって打ち消された。

 戦闘機に乗り宝具として操るバーサーカーが、セイバーに襲い掛かった。セイバーは河へと走り、バーサーカーの追撃を避ける。ようやくセイバーが宝具を取り戻し怪物を撃退する術を手に入れたというのに、バーサーカーは執拗にセイバーに襲い掛かる。

 その状況に表情を硬くしていると、全身に重くのしかかるような空間の揺れが、ディーアたちに襲い掛かった。


「固有結界の限界だ。ライダーの宝具が持たない」


 ディーアの言葉に、ウェイバーは固く拳を握った。ライダーの宝具がそろそろ限界ということは、マスターである彼が重々承知だ。だが、自分たちはセイバーを見守ることしかできない。

 そのとき、ウェイバーの傍らに光の粒子が現れた。それは形となって、一人の兵士の姿になる。


「親衛隊が一人ミトリネス。王の耳に成り代わり、馳せ参じてございます!」
「……これから合図を待って、指定された場所にキャスターを放り出せるように結界を解いて欲しい。できるよな?」
「可能ですが……事は一刻を争います。既に結界内の我らが軍勢は、あの海魔めを足止めし続ける事が叶いそうになく……」
「分かってる! 分かってるんだよ!」


 ウェイバーは子供のように地団駄を踏んで、恨めしそうにバーサーカーを睨みつけた。


「バーサーカーをどうにかしないと、セイバーが宝具を展開できない」
「俺が行こう」


 すると、ディーアの言葉にランサーが残った黄の槍を携えて前に出た。

 霊体化し、ランサーはセイバーとバーサーカーの間に強引に割り込む。バーサーカーの相手をランサーが引き受けたおかげで、セイバーはようやく宝具を解放する時間を手に入れることができ、彼女は河の上に立って、その輝く剣を握った。

 あとは、順調に事が進むのを見守るだけだ。

 未遠川の空に、突然明るい炎が放たれた。『信号弾』だ。それを見て、ウェイバーは即座に叫んだ。


「あれだ! あの真下!」


 ミトリネスと名乗った伝令兵は、すぐさま頷いて姿を消した。そして間もなくして、辺りの空気が震えた。重力が全身に押しかかるような感覚に、ウェイバーたちは足に力を入れ、そこに立ち続ける。

 ライダーの固有結界が解かれ、怪物は信号弾の真下に再び姿を現した。巨体が河に落ち、水しぶきが跳ねる。その怪物の目の前には、光り輝く剣を掲げるセイバーが待ち構えていた。


 機は、満ちたり。

 騎士王は黄金の剣を振り上げる。

 光が集う。まるで聖剣を光り照らすことが至上の務めであるかのように、輝きはさらなる輝きを集める。

 輝ける彼の剣は、過去現在未来を通じ、戦場に散って行くすべての兵たちが、今際のきわに懐く哀しくも尊き理想(ユメ)――『栄光』と言う名の祈りの結晶。

 その意志を誇りと掲げ、いま常勝の王は高らかに、手に取る奇跡の真名を謳う。


「約束された――勝利の剣ッ(エクスカリバー)!!」




× × ×




 すべてを焼き尽くす殲滅の光を、橋梁から見下ろす者たちがいた。


「ほう、あれが騎士王の輝きか」


 オジマンディアスは身体をもたれるように立ちながら、かの聖杯戦争でまみえた勇者とは違う騎士王の輝きを見つめていた。神々しく、眩い輝きを放つそれは、あの瞬間に見た輝きに似ていた。


「あれだけの輝きを魅せられてもなお、お前は奴を認めぬのか?」


 同じく橋梁からセイバーを見下ろしていたアーチャーが、渋い顔をして輝きの中にいるセイバーを眺めるライダーに問いかけた。


「時代の民草の希望を一身に引き受けた夢見る少女が、蝶よ花よと愛でられることも、恋に焦がれることも無く理想≠ネどという呪いに憑かれた結果がアレだ。痛ましくて見るに堪えぬ」
「なればこそ、愛いではないか」


 憂いな表情を浮かべるライダーとは正反対に、アーチャーはさらに笑みを深める。そんなアーチャーを横目にライダーは、やはり相容れぬ存在だ、と改めて思い知った。


「貴様、なかなかに趣味が悪いぞ」
「なにを言うかと思えば」


 アーチャーの発言に、オジマンディアスが顔をしかめてそう言えば、アーチャーは愉しげにくつくつと喉で笑った。笑みに瞼おろした瞳を上げ、赤い瞳でセイバーを見下ろす。


「ヒトの領分を超えた悲願に手を伸ばす愚か者……あやつにも言えることではないか、太陽の」


 細めた赤い瞳が、オジマンディアスに笑いかけた。

 眉間にしわを寄せて、オジマンディアスはアーチャーを見返した。その眼差しは鋭く、暗に不愉快だと伝えている。それを見て、アーチャーはまた口角をあげる。


「貴様のマスターに余は視たぞ」


 すると、今度は違う方から声がした。視線を下ろせば、こちらに背を向けて座り込み、いまだセイバーを見下ろすライダーが映り込む。ライダーは視線も体勢も変えないまま、背後にいるオジマンディアスに言い放った。


「先を見通すような瞳と、その奥にある折れることの無い強い意志。この時代に生きる人間の目ではない」


 ライダーは、自分を真っ直ぐ見つめてきたディーアを脳裏に思い浮かべた。強い眼差しには古い時代に生きた者たちと同じ懐かしさを感じ、燃えたぎる炎のような意志は美しい。けれど、それはどこか危うく、その瞳は無我夢中に夢を追う瞳だった。


「貴様のマスターは、いったいなんだ」


 オジマンディアスは、そっと瞳を細めた。そして何も言わないまま、金の粒子と共に姿を消した。




× × ×




 無事に事は終結し、ディーアはほっと息をついた。

 完全にキャスターは消滅した。一般人の被害も、少ない事態に収まっている。神秘と隠匿という面では、かなり多くの人間にそれを見られてしまったが、それは聖堂教会の人間たちがどうにかするだろう。こちらが関わる案件ではない。

 ディーアはふと、ウェイバーやアイリスフィールに視線を向けた。二人も無事にキャスターを倒すことができ、ほっと胸を撫でおろしている。よかった、とディーアは瞼をそっと閉じた。


「ディーア」
「……! ライダー」


 はっと声に振り向けば、そこにオジマンディアスが立っていた。

 突然オジマンディアスが姿を現したことに、ウェイバーとアイリスフィールは身を固くして警戒の体勢を取った。無理もない。此処には、ライダーやセイバーが居ないのだ。そして、キャスターを倒し終えた今、休戦同盟はすでに終わりを告げている。いくらディーアやオジマンディアスに敵意がなくとも、警戒をしないで欲しい、というのは無理な事であった。


「此度の血戦は終結した。行くぞ」
「はい」


 オジマンディアスは警戒心を示す彼らに目もくれず、そう言って踵を返した。ディーアはすぐさま頷いて、先を歩く彼の後を追って歩き出した。


「ま、待て!」


 驚いて、ぴたりと足を止めた。

 振り向けば、先ほどまで身体を小さくしてオジマンディアスに怯えていたウェイバーが、震える身体を押し切って立っている姿があった。その後ろでは、目を見開いてウェイバーを見守るアイリスフィールの姿がある。ディーアは目を丸くして、自分を呼び止めたウェイバーを見返した。そして、おもむろに背後の彼を窺う。背後では、オジマンディアスは足を止め、ちらりとこちらに振り返っていた。待ってくれているようだ。それを見て、ディーアは改めてウェイバーと向か合う。


「どうかした、ウェイバー・ベルベット」
「……なに言ってるんだって、自分でも思うけど……でも……」


 最初の声は少しばかり震えていた。ウェイバーは固く手を握って、顔を俯かせた。そんなウェイバーが何を言いたいのか分からず、ディーアはこくりと首を傾げる。そして、意を決したウェイバーが、慎重に口を開いた。


「オマエのことを、知っている気がするんだ」


 息を、飲んだ。

 目を見開いて、彼を見つめた。

 真っ直ぐと彼は見つめてくる。懐かしい眼差しで。自分でも理解できていないのに、そんな言葉を吐く。

 ディーアはフッと、眉尻を下げて微笑んだ。少し寂しそうに、嬉しそうに見せたその笑みに、ウェイバーは言葉を失う。

 そのまま二人は、暗い夜の闇に姿を消した。

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