アーチャー――遠坂時臣に動きは無い。初日のアサシン襲撃以来、遠坂時臣は穴熊を決め込み不気味なまでに沈黙を続けている。
バーサーカー――間桐雁夜の動きは無い。マスターは無防備だが、バーサーカーの未知な能力には警戒をしなければならない。
ランサー――重傷を負ったロード・エルメロイに代わり、許嫁であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアレがマスターを務めている。動きは無い。
キャスター――毎夜市内で児童が疾走している。依然キャスターとそのマスターは何の憚りもなく狼藉を繰り返している。
ライダー――常にマスターと共にチャリオットに乗り夜を駆け巡っている。
アサシン――ライダーの宝具により、アサシンは完全に消滅した。そのマスターであった言峰綺礼は今のところ動きは無い。
そしてライダー・オジマンディアス――ディーアとオジマンディアスも沈黙を続けている。もともとイレギュラーであるディーアは必要以上の介入をしようとしない。本来のサーヴァントとマスターたちが沈黙をするならば動くことはできない。
拠点に籠りを続けていたディーアたちだったが、退屈を持て余したオジマンディアスに連れていかれ、ディーアたちは再び昼の冬木を探索することになった。今のマスターたちは警戒をしている。下手に動くことを控えているため、襲われることも無いだろう。
先日のように冬木を探索すると、途中でこの市の図書館へ足を踏み入れた。壁一面に大量の本が並べられている。あたりを見渡しながら目の前を歩くオジマンディアスについていくと、ふとエジプト文献の前で立ち止まった。そして目についた文献を手に取り、ぱらぱらとめくる。
「フン、王墓を荒らすとは不敬者め」
文献の中身を見て眉間にしわを寄せ呟くオジマンディアスに、ディーアは苦笑を零すしかできなかった。「あら? ここの解読すこし間違っているわね」ふとオジマンディアスが手に持つ文献を覗き込むとディーアはそう呟いた。「この文献自体古いし、解読されたばかりだったのかしら」独り言をつぶやくディーアをじっとオジマンディアスは見つめる。
するとディーアはハッとして恐る恐る顔を上げた。しまったと言わんばかりの顔をするディーアに、オジマンディアスは愉し気に目を細めた。
「ほう・・・・・・?」
「あ、いや・・・・・・」
ディーアはサッと目をそらし、何とか誤魔化そうとする。
「貴様、古代エジプトの文字が読めたのか」
「いえ、その・・・・・・読めると言っても神聖文字くらいで」
「ほう、ではヒエログリフは読めるのだな?」
「あ・・・・・・えっと・・・・・・」
誤魔化して早くこの会話を切り上げてしまおうと努めると、次の墓穴を掘る。畳みかけてくるオジマンディアスの言葉にディーアは口を噤む。だがオジマンディアはその続きの回答を視線で求めた。
「その・・・・・・むかし、教えてもらったことが、あって・・・・・・」
か細い声で次の墓穴は掘るまいと慎重に言葉を紡ぐ。目線を逸らしたまま冷汗を流すディーアに、オジマンディアはフッと息をついて「まあ良い」と零す。ディーアはほっと息を先、胸を撫でおろした。
「にしても、よく研究したものだ」棚に並べられたエジプトに関する文献を眺め、オジマンディアスはつぶやいた。「古代エジプトは世界四大文明の一つですもん」相槌を打ち、ディーアは続ける。「特に貴方の時代は最盛期でしたからね、文献が多くて当然です」するとオジマンディアスは再びじっとディーアに視線を向けた。沈黙が続き、じっと見つめられていると、ディーアはまた口走ってしまったかと肝を冷やした。
「歴史に詳しいようだな」
「そう、ですかね・・・・・・?」
言葉に気を付けながら首を傾げる。ディーア自身詳しい自信は無かった。「興味がわいた。貴様、あとはどの国について詳しい」興味を示したオジマンディアスは問いかける。「えっと、そうですね・・・・・・」ディーアは戸惑いながらその問いに応えるため、頭を巡らせた。
「ブリテ――中世イギリスやケルト、あとはメソポタミアや――――」
考えながら一つひとつ上げていく。その時、最後のひとつを言葉にする前に言葉を切り上げた。そっと伺うように見上げれば、オジマンディアスは首を傾げる。
「どうした、続きを申してみよ」
続きを促すオジマンディアスに、ディーアはすぐには応えなかった。しかし話さなければ終わりそうにもない。ディーアは覚悟を決め、口を開いた。
「――イスラエル。ヘブライ王国について少し」
ディーアから発せられた言葉に、オジマンディアスは一瞬目を見張った。すぐにその瞳を細め「――そうか」と静かに零した。「その国はどうであった」静かな声に問われ「王国で在れたのは、わずかな間でした」と簡潔に述べる。オジマンディアスは当然だと言うように頷きを見せる。しばらく2人の間に沈黙が続いたが、それを破ったのはディーアの法だった。「でも・・・・・・」と言葉を零すディーアに、オジマンディアスは視線をやる。ディーアはそっと瞼を閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。
「――華々しい時代も、確かにありました」
穏やかで、想いのこもった声色だった。少なくともオジマンディアスにはそう受け取れた。その言葉に相槌を打つことも応えることもせず、オジマンディアスは昔を思い出すように瞼を下ろした。
「もう此処に用はない、行くぞ」
「はい」
頷き、ディーアたちは図書室を後にした。