中庭の中心に、セイバーとイスカンダルが酒樽を挟んで腰を下ろし、向かい合う。ウェイバーとアイリスフィールは、各々遠目に二人の様子を窺う。

イスカンダルが酒樽の蓋を叩き割ると同時に、静かな戦いが幕を開けた。

「いささか珍妙な形だが、これがこの国の由緒正しい酒器だそうだ」イスカンダルはセイバーに柄杓を見せれば、樽の中のワインを掬い取り、一口で飲み干した。


「聖杯は、相応しき者の手に渡る定めにあるという。それを見定める為の儀式が、この冬木のおける闘争だというが・・・・・・何も見極めを付けるだけならば、血を流すには及ばない。英霊同士、お互いの『格』に納得がいったなら、それで自ずと答えは出る」


そう言うと、セイバーに柄杓を差し出す。セイバーは対抗するかの様に、柄杓を受け取り樽のワインを掬えば、同じく一口で飲み干してみせた。「・・・・・・それで、まずは私と格を競おうというわけか? ライダー」セイバーはそうイスカンダルを睨みつける。


「その通り。お互いに『王』を名乗って譲らぬとあっては捨て置けまい。いわばこれは『聖杯戦争』ならぬ『聖杯問答』・・・・・・果たして騎士王と征服王、どちらがより『聖杯の王』に相応しき器か? 酒杯に問えばつまびらかになるというものよ」


その時、他のサーヴァントが近づいて来る気配にセイバーは気づき、身を固くした。中庭に2人分の足音が響く。足音の咆哮を睨みつけるセイバーが見たのは、8騎目のサーヴァント・オジマンディアスとそのマスターであるディーアだった。


「余を差し置いて先に進めるなど、不敬な。そして改めよ。王の中の王である余が、『聖杯の王』に相応しいのだ」


オジマンディアスはそのままセイバーとイスカンダルのいる中央へ歩き出す。ディーアはウェイバーたちと同じく、その背後に立ち止まった。オジマンディアスは空いている空間に腰を下ろした。

「8騎目のサーヴァント、なぜ貴方が・・・・・・」8騎目のサーヴァントと言う、介入者。セイバーとアイリスフィールはそんな彼とマスターを警戒した。「余はファラオであるぞ。『王の宴』とやらに足を運ばぬ理由はなかろう」おそらくイスカンダルが誘ったのだろうと、セイバーは上げていた腰を下ろした。


「ああ、そういえば我らの他にも一人ばかり、『王』だと言い張る輩がおったっけな」


刹那、黄金の光が視界を圧倒する。イスカンダルが誘いを掛けたサーヴァント。同じく『王』を名乗る彼が、姿を現したからだ。


「――戯れはそこまでにしておけ、雑種」


時臣が召喚した圧倒的な力を持つサーヴァント、アーチャー。その姿を見るなり、セイバーとアイリスフィールは警戒心を露わにした。

「アーチャー、何故ここに・・・・・・」困惑するセイバーに、アーチャーの代わりにイスカンダルが答える。「いや、な。街の方でこいつの姿を見掛けたんで、誘うだけは誘っておいたのさ」時臣はこの場には姿を現していないが、今のこの状況は把握しているに違いない。


「ほう。黄金の、貴様も来たか」

「遅かったではないか、金ピカ。まあ余と違って歩行なのだから無理もないか」

「よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとは、それだけでも底が知れるというものだ。我にわざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

「まあ固い事を言うでない。ほれ、駆けつけ一杯。ファラオもどうだ」


睨み付けるアーチャーの視線など気にもしないとばかりに、イスカンダルは柄杓でワインを掬い、先程のセイバーと同様、アーチャーに差し出した。アーチャーはすんなりと柄杓を受け取って、あっさりとワインを飲み干した。そして眉間にしわを寄せる。そして流れるように今度はオジマンディアスの手元にわたり、同じように飲み干し、眉をひそめた。


「・・・・・・なんだこの安酒は? こんなもので本当に英雄の格が量れるとでも思ったか?」

「そうか? この土地の市場で仕入れたうちじゃあ、こいつはなかなかの逸品だぞ」

「この酒程度で逸品なぞ、王が笑えるな」

「本当の酒というものを知らぬからだ、雑種めが」


アーチャーがそう言い放った瞬間、彼の背後に眩い黄金の光が現れる。ウェイバーやアイリスフィールは、先日の戦闘を思い出して一瞬身を震わせたが、またしてもそれは杞憂に終わった。アーチャーが呼び出したのは、武具ではなく、煌びやかな装飾の酒器だったからだ。


「見るがいい。そして思い知れ。これが『王の酒』というものだ」

「おお、これは重畳」


イスカンダルは棘のある言葉など気にもせず、アーチャーが出した酒を四つの杯にそれぞれ酌めば、真っ先に口をつけた。「むほォ、美味いっ!!」「うむ、やはりこうでなくては」始めは警戒していたかの様に見えたセイバーも、イスカンダルとオジマンディアスの感想を見て同じように口をつけ、目を見開いた。


「凄ぇなオイ! こりゃあ人間の手になる醸造じゃあるまい。神代の代物じゃないのか?」

「当然であろう。酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しか有り得ない。これで王としての格付けは決まったようなものだろう」

「ふざけるな、アーチャー。酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる。戯言は王ではなく道化の役儀だ」


場の雰囲気がアーチャーに支配されつつある中、痺れを切らしたのか、セイバーが強い口調で言った。アーチャーはそれを鼻で笑い、オジマンディアスが口を開く。「宴席に酒も供せぬような輩こそ、王には程遠いではないか」セイバーが言い返そうとしたところ、イスカンダルが苦笑いしながら間に入った。


「こらこら。双方とも言い分がつまらんぞ。アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至宝の杯にそそぐにふさわしい・・・・・・が。生憎と聖杯は酒器とは違う。これは聖杯を掴む正当さを問うべき『聖杯問答』。まずは貴様がどれ程の大望を聖杯に託すのか、それを聞かせて貰わなければ始まらん。さてアーチャー、貴様はひとかどの王として、ここにいる我ら二人を諸共に魅せる程の大言が吐けるのか?」


「仕切るな雑種。第一、聖杯を奪い合うという前提からして、理を外しているのだぞ」アーチャーの発言に、怪訝な顔をするイスカンダル。そして鋭い視線を送るセイバーとオジマンディアス。その反応に、アーチャーは溜息を吐いた。


「そもそもにおいて、あれは我の所有物だ。世界の宝物はひとつ残らず、その起源を我が蔵に遡る。いささか時が経ち過ぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今もなお我にあるのだ」

「ほう? では黄金の。貴様は聖杯を手にしたことがあり、その正体も知っていると言うか?」

「知らぬ。雑種の尺度で測るでない。我の財の総量は、とうに我の認識を超えている。だがそれが『宝』であるという時点で、我が財であるのは明白だ。それを勝手に持ち去ろうなど、盗人猛々しいにも程がある」


「お前の言はキャスターの世迷言と全く変わらない。錯乱したサーヴァントというのは奴一人ではなかったらしい」呆れる様に言うセイバーだったが、それに反してイスカンダルは、アーチャーの主張を否定する事はしなかった。「いやいや、どうだかな。なーんとなく、この金ピカの真名に心当たりがあるぞ余は。まあ、このイスカンダルより態度のでかい王というだけで、思い当たる名はひとつだったがな」アーチャーの真名。思わずウェイバーは耳を欹てたが、当のライダーは呑気にアーチャーの用意した酒に手を付ける。


「じゃあ何か? アーチャー、聖杯が欲しければ貴様の承諾さえ得られれば良いと?」

「然り。だがお前らの如き雑種に、我が褒賞を賜す理由はどこにもない」

「貴様、もしかしてケチか?」


休戦中とはいえ、戦闘にならないとは言い切れない。どんな流れになるか分からないマスターのウェイバーとアイリスフィールは肝を冷やし、遠目から恐る恐るアーチャーの顔色を窺った。


「たわけ。我の恩情に与るべきは、我の臣下と民だけだ。故にライダー、お前が我の許に下るというのなら、杯の一つや二つ、いつでも下賜してやって良い」

「・・・・・・まあ、そりゃ出来ん相談だわなぁ。でもなぁアーチャー、貴様、別段聖杯が惜しいって訳でもないんだろう? 何ぞ叶えたい望みがあって聖杯戦争に出てきた訳じゃない、と」

「無論だ。だが我の財を狙う賊には、然るべき裁きを下さねばならぬ。要は筋道の問題だ」

「そりゃつまり・・・・・・」


イスカンダルは杯に入れた酒を一旦飲み干し、言葉を続けた。


「つまり何なんだアーチャー? そこにどんな義があり、どんな道理があると?」

「法だ。我が王として敷いた、我の法だ」


きっぱりと言い切るアーチャーに、イスカンダルは溜息を吐いた。


「ふむ、完璧だな。自らの法を貫いてこそ、王。だがなー、余は聖杯が欲しくて仕方ないんだよ。で、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。なんせこのイスカンダルは征服王であるが故」

「是非もあるまい。お前が犯し、我が裁く。問答の余地など何処にもない」

「うむ。そうなると後は剣を交えるのみだ。が、アーチャーよ。兎も角この酒は飲み切ってしまわんか? 殺し合うだけなら、後でも出来る」

「当然だ。それとも貴様、まさか我の振る舞った酒を蔑ろにする気でいたのか?」

「冗談ではない。これ程の美酒を捨て置けるものか」


敵対しつつも、交流は成り立っている。二人の会話に水を差すことはせず、オジマンディアスは杯を傾けながら会話を聞いていた。そして。ここで漸く今まで押し黙っていたセイバーが口を開いた。


「征服王よ。お前は聖杯の正しい所有権が他人にあるものと認めた上で、尚且つそれを力で奪うのか?」

「応よ。当然であろう? 余の王道は『征服』――即ち、『奪い』『侵す』に終始するのだからな」

「そうまでして、聖杯に何を求める?」


セイバーの問に、イスカンダルはどこか照れ臭そうに笑いながら、答えた。「――受肉、だ」「はあ!?」突然素っ頓狂な声を上げたのはウェイバーだ。全速力でライダーの元へ駆け寄った。「おおおオマエ!! 望みは世界征服だったんじゃ――ぎゃわぶっ!!」容赦なくイスカンダルのデコピンが額に炸裂し、吹っ飛んで地面に叩き付けられるウェイバー。


「馬鹿者。たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする? 征服は己自身に託す夢。聖杯に託すのは、あくまでその為の第一歩だ」


真顔で言い放つイスカンダルに、アーチャーも呆れ果てた様子を見せた。


「雑種・・・・・・よもやその様な瑣事の為に、この我に挑むのか?」

「あのな、いくら魔力で現界してるとはいえ、所詮我らはサーヴァント。この世界においては奇跡に等しい・・・・・・言ってみりゃ、何かの冗談みたいな賓の扱いだ。貴様らはそれで満足か? 余は不足だ。余は転生したこの世界に、一個の生命として根を下ろしたい」


イスカンダルが実体化に拘っていた理由を、ウェイバーは今この瞬間に初めて理解した。「なんで・・・・・・そこまで肉体に拘るんだよ?」だがそれでも、ウェイバーはイスカンダルに訊ねた。「それこそが『征服』の基点だからだ。身体ひとつの我を張って、天と地に向かい合う。それが征服という行いの総て・・・・・・その様に開始し、推し進め、成し遂げてこその我が覇道なのだ。だが今の余は、その身体ひとつにすら事欠いておる。これでは、いかん。始めるべきものも始められん。誰に憚る事もない、このイスカンダルただ独りだけの肉体がなければならん」

「ほう」イスカンダルの語りを聞き、今まで黙って様子見をしていたオジマンディアスは口端を上げた。


「なかなか見応えがあるではないか。余と同じファラオであれば当然か」

「お、なんだ? 余をファラオと呼んでくれるのか」

「無論だ、征服王。貴様も彼の地を治めたファラオである」


征服王はエジプトを征服し、ファラオをも務めたという。ならば、オジマンディアスの言葉は正しい。イスカンダルもまた、古代エジプトを治めたファラオなのだ。

アーチャーはただ静かに酒に口を付けていた。だが、その口許には何とも形容しがたい笑みが浮かんでいた。


「――決めたぞ。ライダー、貴様はこの我が手ずから殺す」

「フフン、今さら念を押すまでもなかろうて。余もな、聖杯のみならず、貴様の宝物庫とやらを奪い尽くす気でおるから覚悟しておけ。これほどの名酒、征服王に味を教えたのは迂闊過ぎであったなあ」


そう言って大笑いするイスカンダル。「ファラオ、貴様はどうだ。まだ貴様の話を聞いておらん」イスカンダルはそう言って、今度はオジマンディアスに話を振った。自然とアーチャーとセイバーの視線もオジマンディアスへと向けられる。


「・・・・・・この世で、死に際して余ほどに嘆き悲しんだものはおらぬ」


オジマンディアスは器に入った酒を眺めながら、静かに続けた。


「余は至高であり、完全であり、絶対である。永遠でなくてはならない。余の悲劇は、余が定命であったことに他ならぬ。他のファラオと同じくして、遥かな時の果てで再生を夢見ながら、神への旅路へ征くしかなかった我が無力」


現界に際して、自らの遺体がカイロの博物館へ保管されていると知り、ある種の諦念の境地に立たざるを得なかった。霊廟から移動されたことで、最早、古代エジプトの神話観の下、歴代ファラオのひとりとして本来の肉体で再生されることはない、と

ならばせいぜい、やりたいようにやるまでのこと。

かつてのように完全な肉体を維持した上での不老不死を望むも良し。マスタ一を排除して消え去るも良し。地上に君して無辜の人々へと繁栄をもたらすのも良し。


「故に、余は聖杯なるものに命を求めよう。余は正しく世界の主として君臨せねばならない。そこで、問う。当世は余が滑るに値する世界や否や?」


この世界は楽しめるだろう。少なくとも戦いにおいては、サーヴァントが存在するのだ。しかし、それだけでは意味がない。何より、此処には最愛のネフェルタリがいないのだ。戦いに値するのか。

「答えは得た」オジマンディアスは高らかに宣言する。


「今こそ認めよう! 此処もまた余が統べた世界と変わらず世界にほかならず。何故ならば、世界とは、余が治めることを運命付けられたもの!」


王の中の王、オジマンディアスによって、世界は統べられるものである。高らかに声を張り上げ宣言するオジマンディアスを、アーチャーとイスカンダルは面白げに見る。


「なるほどなぁ。つまるところ、貴様も余と同じく受肉を果たすということか」

「否!!」


イスカンダルの言葉に、オジマンディアスは否と答えた。先ほどまで語っていた言葉と違うことに、イスカンダルやセイバーは困惑の表情を見せた。


「当世で、余は我が召喚者を視た。そして見出し、聞き届けた。良い、この余が許す!」


世界は自らが統べなければならない。
世界を自らが救わねばならない。


「これはまさしく、世界を救う戦いである! ゆえに余は、聖杯を灼き尽くし、遍くすべてを救おうぞ!」


オジマンディアスの言葉は、イスカンダルやセイバーの予想を遥か超え、一周回っていた。そもそも、聖杯を求めて召喚されているというのに、それを破壊すると言っているのだ。それに加え、聖杯を壊すことで世界を救う戦いなどと、意味が分からなかった。
二人は吼えるオジマンディアスに、唖然とした。

ただ一人、アーチャーだけが口端を上げていた。その視線は、オジマンディアスを超え、ディーアに注がれた。

「あー、ところでセイバー。そういえばまだ、貴様の懐の内を聞かせて貰ってないが」気を取り直し、今度はセイバーに言葉を振った。その言葉に、セイバーは改めてイスカンダルやオジマンディアス、アーチャーを見つめて、神妙な面持ちで告げた。


「私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望機をもってして、ブリテンの滅びの運命を変える」


セイバーのその発言に、イスカンダルとアーチャー、オジマンディアスは黙り込んだ。静まり返る庭園。困惑を隠せないセイバーに、漸くライダーが口を開いた。


「なぁ騎士王。もしかして、余の聞き違いかもしれないが、貴様は今、運命を変える、と言ったか? それは過去の歴史を覆すという事か?」

「そうだ。例え奇跡をもってしても叶わぬ願いであろうと、聖杯が真に万能であるならば、必ずや――」

「フン、何を言い出すかと思えば」

「ええと、セイバー? 確かめておくが・・・・・・そのブリテンという国が滅んだというのは、貴様の時代の話であろう? 貴様の治世であったのだろう?」

「そうだ! だからこそ私は許せない。だからこそ悔やむのだ。あの結末を変えたいのだ! 他でもない、私の責であるが故に・・・・・・」


イスカンダルとオジマンディアスはセイバーに対し、白けた態度をとる。すると、大きな笑い声が響いた。声の主はアーチャーである。「アーチャー、何が可笑しい?」明らかに怒りを露わにするセイバーだが、アーチャーは小馬鹿にする様に笑うのみだ。


「自ら王を名乗り、皆から王と讃えられて・・・・・・そんな輩が悔やむだと? ハッ! これが笑わずにいられるか? 傑作だ! セイバー、お前は極上の道化だな!」


ひたすら笑い続けるアーチャーの横で、オジマンディアスは興味が失せたような態度をとり、イスカンダルは正反対とばかりに険しい顔付きで、セイバーに訊ねた。


「ちょいと待て。ちょっと待ちおれ騎士の王。貴様、よりにもよって、自らが歴史に刻んだ行いを否定するというのか?」

「そうとも。何故訝る? 何故笑う? 王として身命を捧げた故国が滅んだのだ。それを悼むのがどうして可笑しい?」


答えたのはイスカンダルではなく、アーチャーだ。


「おいおい聞いたか太陽の! この騎士王とか名乗る小娘は、よりにもよって! 『故国に身命を捧げた』のだとさ!」

「笑われる筋合いが何処にある? 王たる者ならば身を挺して、治める国の繁栄を願うはず!」


声を荒げるセイバーに、イスカンダルははっきりと言い放った。


「いいや違う。王が捧げるのではない。国が、民草が、その身命を王に捧げるのだ。断じてその逆ではない」

「何を、それは暴君の治世ではないか! ライダー、アーチャー、貴様らこそ王の風上にも置けぬ外道だぞ!」

「然り。我らは暴君であるが故に英雄だ。だがなセイバー、自らの治世を、その結末を悔やむ王がいるとしたら、それはただの暗君だ。暴君よりなお始末が悪い」

「イスカンダル、貴様とて、世継ぎを葬られ、築き上げた帝国は三つに引き裂かれて終わったはずだ。その結末に、貴様は、何の悔いもないというのか? 今一度やり直せたら、故国を救う道もあったと・・・・・・そうは思わないのか?」

「ない」


ライダーはセイバーの問に即答し、未だ真剣な顔付きで言葉を続けた。


「余の決断、余に付き従った臣下達の生き様の果てに辿り着いた結末であるならば、その滅びは必定だ。悼みもしよう。涙も流そう。だが、決して悔やみはしない」

「そんな・・・・・・」

「ましてそれを覆すなど! そんな愚行は、余と共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱である!」


そう断言するライダーに、セイバーは首を振る。

「滅びの華を誉れとするのは武人だけだ。民はそんなものを望まない。救済こそが彼らの祈りだ」セイバーは心の底から言い張った。
「王による救済、だと? 解せんなあ。そんなものに意味があるというのか?」アーチャーは笑みを浮かべながら放つ。
「それこそが王たる者の本懐だ! 正しき統制。正しき治世。全ての臣民が待ち望むものだろう」セイバーは続けて訴える。
「それで、王たる貴様は『正しさ』の奴隷か?」冷めた瞳でオジマンディアスは問う。
「それでいい。理想に殉じてこそ王だ。人は王の姿を通して、法と秩序の在り方を知る。王が体現するものは、王と共に滅ぶような儚いものであってはならない。より尊く不滅なるものだ」セイバーの眼差しに迷いは一寸たりともない。イスカンダルは大きな溜息を吐いた。


「そんな生き方はヒトではない」

「そうとも。王たらんとするならば、ヒトの生き方など望めない。――征服王、たかだか我が身の可愛さのあまりに聖杯を求めるという貴様には、決して我が王道は分かるまい。飽くなき欲望を満たす為だけに覇王となった貴様には!」

「無欲な王なぞ飾り物にも劣るわい!」


そこで、イスカンダルの怒号の声が響いた。もともと身体が大きいこともあり、その姿は迫力があり、さらに身体が膨れ上がったかのように感じ取れた。


「セイバーよ、理想に殉じると貴様は言ったな。成程、往年の貴様は清廉にして潔白な聖者であった事だろう。さぞや高貴で侵しがたい姿であった事だろう。だがな、殉教などという茨の道に、一体誰が憧れる? 焦がれる程の夢を見る? 聖者はな、例え民草を慰撫できたとしても、決して導く事など出来ぬ。確たる欲望の形を示してこそ、極限の栄華を謳ってこそ、民を、国を導けるのだ!」


イスカンダルは更に酒を一口で飲み干せば、セイバーへ主張を続ける。


「王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する、清濁含めてヒトの臨界を極めたるもの。そう在るからこそ、臣下は王を羨望し、王に魅せられる。一人一人の民草の心に、我もまた王たらん、と憧憬の火が灯る!」

「そんな治世の・・・・・・一体どこに正義がある?」

「ないさ。王道に正義は不要。だからこそ悔恨もない」


きっぱりとそう言い切るイスカンダルに、セイバーは黙り込んだ。あまりにも価値観が違いすぎるのだ。


「騎士どもの誉れたる王よ。確かに貴様が掲げた正義と理想は、ひとたび国を救い、臣民を救済したやも知れぬ。それは貴様の名を伝説に刻むだけの偉業であった事だろう。だがな、ただ救われただけの連中がどういう末路を辿ったか、それを知らぬ貴様ではあるまい」

「何・・・・・・だと?」

「貴様は臣下を『救う』ばかりで、『導く』事をしなかった。『王の欲』の形を示す事もなく、道を見失った臣下を捨て置き、ただ独りで澄まし顔のまま、小奇麗な理想とやらを想い焦がれていただけよ。故に貴様は生粋の『王』ではない。己の為ではなく、人の為の『王』という偶像に縛られていただけの小娘にすぎん」

「私は・・・・・・」


暫く黙り込んでいたセイバーだったが、突然、目線をアーチャーへ移した。アーチャーはセイバーの様子をずっと見つめており、その視線にセイバーが気づいたのだ。

「アーチャー、何故私を見る?」

「いやなに、苦悩するお前の顔が見物だったというだけさ。まるで褥で花を散らされる処女の様な顔だった。実に我好みだ」

「貴様・・・・・・!!」


セイバーは怒りのあまり杯を地面に叩き付けた。


――刹那、それは起こった。

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