「はい、ファラオ。なんですか?」
「余に付き合え」
今は昼時。青い空の下、賑わう商店街を出歩いていた。その隣には実体化をしたオジマンディアス。
昨日、彼が言っていた付き合えと言うのはこのことらしい。どうやらギルガメッシュと酒盛りをしていた時、現代の服を着て出歩いていることを聞いたらしい。それで彼も部屋に引きこもるのに飽き飽きしていたので、今こうして付き合っているのだ。
こうして出歩いているサーヴァントは少なくはない。セイバーやライダーも現代服を纏って実体化している。
しかしオジマンディアスは現代服を持っていなかったため、まずその買い出しから始まった。
彼は霊体化して付いていき、ディーアが店に入り、横で指定された服や靴を買い、試着室でオジマンディアスがそれに着替える。彼が選んだ服はすべて黒色だった。ズボンにシャツ、灰いろほど白くはないベスト。
冬だというのに薄着の服。さらには大胆に胸元を開け、そこから金色の首飾りが覗いている。
隣を歩くディーアも他人と比べれば薄着をしているため、はたから見れば彼らは季節外れの二人組に見えただろう。そして服や肌の色も正反対ときた。
「うむ。ではディーアよ、余を案内するがいい」現代服を纏い実体化した彼が告げる。どんな場所が良いかと尋ねても、何処でもいいという。要望がないというのは、案外難しいものだ。
どうしたものかと悩んでいれば、頭上から笑みが落とされる。
「良い、貴様の好きな場所へ連れていけ」
褐色の大きな手が頭におりる。温かい手で撫でまわされるのに、驚きや困惑を込めてオジマンディアスを見上げるが、彼は答えることは無く、ただ微笑んで見下ろすだけだった。
オジマンディアスの要望通りディーアの好きな場所を周った。といっても、ディーアがよく行く場所は見晴らしのいい高台だったり、自然が豊かな公園だったり、静かに休憩できるカフェが大半だ。
夕方辺りになってくると店なども周り尽くしてしまい、一番近くのカフェに入った。
豪華とは言えない、落ち着いた雰囲気のあるシンプルなカフェだ。内装の飾りつけなどは東方よりのエキゾチックなもので、人の数も少なく、外とは大違いの空間。とてもゆったりとしていて疲れも取れる。本を読む時などにもってこいの場所だ。
「良い場所だ」
コーヒーを片手に、流し目で辺りを見ているオジマンディアスがそんなことを言った。
意外なことに、彼はこういった場所を好むようだ。意外なことを知ったと心の中で呟き、ディーアはティーカップに口を付ける。口の中に広がる紅茶の味と、まろやかなミルク。美味しさに息が漏れる。
「貴様のそれはなんだ」
「紅茶です。美味しいですよ」
「ほお……好物か?」
「ええ、一番好きなんです」
ティーカップの中を眺め、くるくるとまわす。
「そうか」幸せそうにそれを口に含む彼女を見て、オジマンディアスは笑みを浮かべる。たまたま通りかかったウェイターに同じ紅茶を頼めば、目の前のディーアは目を丸くする。それにまたクスリと口端をあげた。
紅茶が運ばれてくるとそれと一緒にミルクもやってくる。
「ミルクを入れると甘くなりますよ」「そうか。ならば、まずは本来のものを味わおう」最初はミルクを入れず、カップに注がれたままのものを口に含む。コーヒーとは違い、舌触りが軽い。次にミルクを入れて味わってみる。舌触りはまろやかに変わり、甘い。
「どうですか?」ティーカップを持ったディーアが伺う。カップから口を離し、息を吐きながら「そうだな……」と余韻に浸る。
「余には少し甘すぎるが、なるほど・・・・・・貴様の好きそうな味だ」
そう言ってオジマンディアスはまた、あの優しい笑みを浮かべた。
一体どうしたのだろうとディーアは考える。今日のオジマンディアスは誰が見てもきっと機嫌がいい。基本的、いつも彼は不機嫌そうだ。それもそうだろう。サーヴァントとして現代に使い魔として呼び出され、召喚者は魔術師。彼が生きてきた世界とはまるで違う社会。オジマンディアスは王であったのだ。これだけの要素があれば、不機嫌になるのも仕方がない。
だが、今日はどうだ。優しい笑みを浮かべて、頭を撫でて。
心境の変化か、ただの気まぐれか。突然の変化に少し戸惑う。
だからふと、言葉が零れてしまった。
「今日は、機嫌が良いのですね」
零れ落ちた言葉に、オジマンディアスは目を丸くした。
少し間が過ぎ去る。そこでようやく、ディーアはハッとする。
「い、いえ! あの! ぶ、無礼、でした・・・・・・」
なんて失礼な言葉をファラオである彼に吐いているのだろう。裏返しに、いつも機嫌が悪いと言っているようなものだ。目上の人間に言うような言葉ではない。
ディーアは早急に自分の非を認め、無意識に言葉を吐いてしまった自分を指さした。
「・・・・・・そうだな」カップを傾かせ、再び口に含む。すべて飲み干さず、カップに少量を残してソーサーの上に置く。そうして机に肘をつき、こちらを見つめる。
「余は機嫌が良い。感謝するのだな」
「は、い」
調子が、狂ってしまう・・・・・・。
ディーアは両手でカップを持ち、目を逸らしながら縁に口を付けた。紅茶を飲んでいる間もオジマンディアスはこちらを見つめてくる。口端を少し上げて、目元を優しく下げて。
こうも優しく微笑みを向けてくるものだから、照れくさくなってしまう。
「ディーア」
「なんでしょう」
カップをソーサーの上に置いて答える。
「楽しかったか」
王は、一個人を見えない。王は、多くの民の王である。ゆえに、民一個人を見ることは無い。あるとすれば、それは王の友であり。そうは王が愛した妻であり。王にとって唯一無二の存在だけだ。
ディーアは目を見開いて、目の前にいるファラオを見る。未だ自分を見つめている。その太陽のような瞳で。ディーアは意図せずして、口端をあげた。
「――はい。とても、楽しかったです」
嬉しそうに笑みを浮かべ、カップを指でなぞるディーアを見て、オジマンディアスは満足そうに言った。
「――そうか」