「少し外へ行くわ。すぐにもどるから」


そう言って扉の外へ出てきて約一時間あたり過ぎただろう。

オジマンディアスは外へと出かけるディーアをみて頬杖をついた。「うむ。早めに戻れ、余のいないところで狙われてはたまらん」その言葉を吐くまでは自分もついていこうと思っていたが、それは取りやめた。王である自分が付き添うなど、逆ならまだしも、サーヴァントとマスターとでも関係ない。それに今は昼だ。魔術は隠匿すべく、戦闘は夜に限られる。だから心配はないと考えたのだ。
「ええ、わかっていますよ」ディーアはニコリと朗やかに微笑みその場を後にした。

ディーアが外へ出た理由は単純なことだ。つまり、ただの買い出しである。
オジマンディアスはよくお酒を飲む。たとえ現代のお酒をおいしいとは思わなくとも、今はそれしかないのだ。また果物も口にするし、たまにお酒のつまみを作れと言って作らせることもある。サーヴァントは基本そういったことは必要ないが、娯楽として楽しむことを好むこともある。彼もその一人だ。それはディーアにとって好ましい事だった。食事をするのが自分だけというのは、居心地が悪い。
オジマンディアスの好みそうなお酒を探し、くだものやつまみになりそうなものを買う。気分転換も兼ねていろいろな店を周れば、あっという間に時間は絶つものだ。

空を見上げても、まだ青い空に太陽が昇っている。夜にはなっていないが、早めに戻れともいわれているし無駄に出歩く理由もない。ディーアはすぅと新鮮な外の空気を吸い込む。
さて帰ろうか、と踵を返すときだった。


「――ッ!」


瞬間、ピリッとした電撃が身体に走る。これは通告のようなものだ。結界などが破られたときに知らせる、合図なようなもの。
はっ、としてディーアは帰宅路へ急ぐ。つまりは自分たちの拠点に誰かが現れたという事だ。家にいるオジマンディアスからの念話もないし、英霊としてあのアーチャーと並ぶほどの強敵ゆえあまり心配事はないが、急ぐことに越したことは無い。

休まずに走り続けてやっとたどり着いた、現在の拠点。見れば、朝方張ったばかりの結界が見事に敗れている。ドアノブに手をかけ、駆けこむように中へと入る。「ライダー!!」今やオジマンディアスの部屋と化しているリビングの扉を力に任せて開く。
そこには。


「む」


「……え?」思わず声に出してしまった。目の前に広がる光景は、どういったことなのだろう、そう疑問を持たずにはいられない。
扉を開けた先には、テーブルに広がるお酒や果物の数々。そこに一定の距離を保って座って酒を飲みかわす、オジマンディアスとアーチャー。二人はアーチャーのものであろう黄金色の杯を手に、突然あわてた様子であらわれたディーアを見上げている。

ああ、これは本当に、どういうことなのだろう。


「やっと戻ったか、早く戻るのではなかったのか」

「我を待たせるとは、貴様の豪胆さは変わらんな。ディーア」


不満な顔をするオジマンディアスに、笑みを浮かべながら酒を喉に通すアーチャー。
やはり状況が読み込めず、ディーアは呆然と立ち尽くす。何故、彼がいるのだろう。しかも私服姿で、オジマンディアスもマントを脱いでラフな格好をしている。なぜ優雅に酒を交わしている。いつのまにこの二人は仲を深めたのだろう。疑問が次々に浮かぶ。

「ちょうど良い。ディーア、貴様そこに座って余に酌をしろ」「え?」オジマンディアスが、ちょうど二人が保っていた空白を指さし座れと示す。「ほう、それは良いな。そこに座れ。貴様にも特別に我の酒をやろうではないか」「え?」「ほう? 貴様、酒が飲めたのか」それにアーチャーが賛同し、さっそく宝物庫から三つ目の杯を取り出している。


「え……と……」


そのまえに説明が欲しいものだ。マイペースに自分のペースへ持って行こうとする二人に付いていけず、返答もろくにできず流される。「なんだ、早くせんか」「ほかならぬ我が誘っているのだぞ。王と席を共にするのだ。光栄に思うがいい」そんな彼女を知ってか知らずか、気にせず言葉を投げてくる古代の王たち。
これ以上長引かせるは凶だ。機嫌を損ねる前に反論せず従うのがいい。

ディーアは買った食材をしまって、早々に二人の間に腰を下ろした。
目の前には色とりどりのフルーツ。黄金の器。黄金の杯。正直、もうどちらの私物か区別がつかない。そして両脇には、満足そうに酒を楽しむ王たちである。この状況を他者から見たらどうだ。当事者でなくとも間違いなく、胃に穴が開こう。

酒の入った黄金の器を渡され、言われた通り二人の王の杯に酒を注ぐ。綺麗な色をしたワイン。注いでいる間も美味しそうな葡萄酒の香りがほのかに漂う。


「そら、貴様もこれで飲むがいい。我の酒は美酒であるぞ?」

「杯を出すがいい。余が特別に注いでやろう」


傍らの王から手渡しで杯を受け取り、傍らの王てずから酒を貰う。「ありがとう、ございます」満たされた杯を見下ろし、少しばかり口に含む。舌触り、香り、喉越し、味、全てにおいて一級品のものだ。飲み込めば美味しさのあまり、ほっと息が漏れる。


「果物もあるぞ。聞けば、これは貴様が買い求めたらしいではないか」

「これなど色がいい。食してみよ」


まるで椅子の肘掛けのように肩に腕をのせ、耳の近くで話すアーチャー。彼に目を向ければ、今度は果物を目の前に差し出してくるオジマンディアス。果物を受け取ろうと手を伸ばそうとするが、このまま食せとさらに突き出してくる。観念して杯を持たない片手で滑り落ちてくる髪を押さえ、口を開き、果物を口に含む。
今は冬で果物は数を減らし、高価になっていく。しかし高価とはいえ、一般に売っているものなど口に含まないだろうと考え、中でも高値で一般にブランドと呼ばれるものを買っている。そのため、やはり現代のものにしては申し分ない。

両脇にいる王らはディーアを挟んで談笑をする。内容はさまざまで、酒の話や当時の彼らの話または現在のことなど、黙って聞いていれば案外仲が良いのだと思う。考えてみれば時代も近いと言えば近いし、王というのもある。しかし国も違えば考え方も変わっていくし、境界線スレスレで避けているのかもしれない。たまに話を振られることもあるが、そう長くは続かない。
ディーアは注がれた酒や与えられた果物をたびたび口に含み、差し出された杯に酒を注ぐ。そんな作業を何度か繰り返す。

ふと、傍らの紅玉の瞳を持つ王が口を開く。


「ディーア、なぜ我の名を呼ばん」


不満な声を出す彼に、ディーアは目を丸くした。
先ほどまで話していた話題とはまるっきり変わり、突然まなこがこちらを向いたのだ。驚きもする。


「そう言われても……」


真名を口外すれば、彼のマスターが困るであろう。たとえ真名を開示されても戦力ひとつも下がらないサーヴァントであるが、自分はイレギュラーゆえ知っていることはあまり口外しないようにしている。
一方、傍らの黄金の瞳を持つ王は酒を一口喉に流し込む。


「良い。余は既にそやつの真名を知っている。そやつもまた余の真名を知っている」


彼らが酒の肴に当時のことを話す時からだいたい予想はついていた。なら、彼らだけの時なら問題はないか。
そう頭の隅で結論に達すると、視界の隅に腕が伸びた。顎を掴まれ、強制的に視線を合わせられる。目を張るラブラドライトの瞳の先には紅玉と金糸。彼は上からのぞき込むように見つめ、距離を縮める。


「その唇で述べてみよ。さあ、貴様の『王』は誰である――――?」


ラブラドライトの瞳の外では、黄金の瞳がピクリと肩を揺らしこちらを捉えていた。
眼を張った瞳はス……と閉ざされ、再び目を開けば自然と紅玉の瞳に捕らえられる。顎を掴む腕に、初雪のような白い腕が添えられる。ディーアはわずかに口端をあげ、微笑んだ。


「戯れはよして、王様」


紅玉の瞳が細められ、笑みを浮かべた唇が「ほう?」と囁くように呟く。


「これが戯れだと?」

「ええ。そうでしょう? ギルガメッシュ」


フ、と彼は満足そうに笑った。
顎を掴んでいた腕が離されると、わずかに上を向いていた頭が自然とした状態に戻る。ギルガメッシュは満足したのか、杯を手に自分の酒を飲み干す。飲み干した後も浮かべる笑みをみて、ひとまず安堵する。しかし、一難去ってまた一難というもの。

肩の力を抜いた途端、背中から肩を掴まれ、後ろへと引っ張られる。突然のことに対処できなく後ろへ引かれるがままバランスを崩すが、それは肩を引いた張本人であるオジマンディアスによって支えられる。後ろへ振り向こうとするが、その前に彼が覗き込んで見下ろしてくる。真っ赤な紅玉と変わって輝く黄金の瞳へ。貫くような瞳にディーアはくし刺しにされる。
「いま何と言った」ポツリと落ちた言葉をディーアは救い上げることができなかった。支えていた腕が離れ、耳から顎へとなぞるように添えられる。


「貴様の『王』はこの余であろう。余をなんと心得る」


言葉に詰まり、すぐには答えられなかった。そもそも彼がこんなことを言ってくるとは予想できなかったのである。
黄金の瞳が続ける。「余は、貴様のなんだ?」その問いに口が開く。「――ファラオ」目を見開いたままのラブラドライトの瞳に、黄金の瞳が笑むように細められる。

「おい」ふと怒気を含んだ声が響く。それにビクリと肩を揺らした。


「出しゃばるなよ。そやつの『王』は天上天下に唯一人、この我に決まっておろう」

「貴様こそ出しゃばるでないわ。今・は余がこやつの『王』である。貴様は敵であろう。であれば、こやつが縋るべき『王』は余である」


二人が睨み合う瞬間、落雷するのがわかる。ああ、これはいけない。血の気が引いて青くなるのがわかる。
両者に目を向ければ、刺さるように睨んでいる。お互い手が早く自分一番の王様である。たちまちこの場が戦場になるのが目に見えて分かってしまう。


「ま、待って! ここで喧嘩はしないでちょうだい。さすがに……」


壊れてしまうわ、そう紡ぐ前に凄い剣幕で圧倒される。


「貴様の王は余であろうッ!!」

「我であろうッ!! 違えるなよディーア!!」


圧倒されるがままに押されてしまう。
黄金も紅玉も、違えた答えを出せばその場で殺されてしまいそうだ。ディーアは深呼吸をするかのように一つ大きな息を吐き、言葉を紡ぐ。


「私にとってのルガルはギルガメッシュであり、私にとってのファラオはオジマンディアスよ」


「つまり」言葉を一度止め、刺す様に見つめる二つの瞳を目の前に、怖気づかずに言う。


「私にとっての王は、あなた方二人」


「それでは、だめかしら……?」眉尻を下げ、困ったように微笑む。
しかし、それを許す二人ではなく。剣幕はさらに悪化し「納得するか愚か者!!」「王は二人もいらん!!」と罵倒される。そう言われるのも、その理屈も予想していたし当たり前のことだが、正直にこれが本心なのだ。


「そ、そう言われても……私にとって貴方たちは私の王様で、どちらかを選べと言われても……」


「困ってしまうわ……」呟くように口にした言葉。
いつの世も王は唯一人であり、それゆえ国が成立する。それでもルガルたるギルガメッシュは己の王様であり、ファラオたるオジマンディアスも己の王様である。そこはもう、諦めて欲しい。

二人の王の剣幕はオジマンディアスの深いため息で幕を閉じた。身を乗り出していた二人は再び元の位置に腰を下ろし、やれやれと杯を手に取るのだ。


「此度はそれで許してやろう……」

「まったく……貴様というやつは……」


つまり彼らなりに譲歩してくれたらしい。ディーアは苦笑を交えて「ありがとうございます、王様」と口にする。
両脇にいる彼らと同じように、杯は言った酒を口に含む。王様のお酒に、ファラオが注いだお酒。この杯の中に、どれだけの幸せが詰まっているのだろう。ああ、そうだとも。自分勝手で横暴な王たちに身を削るが、それでも、今この時がとてつもなく幸せなのだ。

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