森閑。無言。沈黙。無声。静寂。

月明かりしか入らない部屋の中、子供のように寝息をたてて深い眠りについている女が一人。ベッドの枕元に腰を下ろし女を見守る男が一人。
眠っている女。ディーアは膝を曲げて猫のように丸くなって寝息をたてる。その細く白い指はオジマンディアスの白いマントを握っていた。
自分のマントを握りながら眠るさながら幼子の彼女の頬を指の背で撫でてやれば、くすぐったそうにするもまた寝息をたてて眠る。その様子に目を細める。だが、その優しいまなざしも鋭利に変わる。


「王の部屋に断りもせず土足で踏み入るなど、無礼であるぞ――黄金の」

「ふん。貴様こそ我の前で王を語るか。不敬であるぞ――太陽の」


最初は、オジマンディアスが二人しかいないこの空間に言葉を投げた。言葉が部屋に響き空気に溶けるころ、二人しかいなかったはずのこの部屋に揺らぎが現れる。揺らぎはやがて黄金の粒子をまき散らし形を作る。黄金の粒子にも勝る黄金の鎧。金糸の髪。二つの赤いまんまる。アーチャー。
オジマンディアスの言葉が気に入らなかったのか、不機嫌な様子を隠さずにそっぽを向いて言葉を返す。「約束通り、我の財を引き取りに来たが……」赤い二つの瞳をベッドへ滑らせば、そこには寝息をたてて眠るディーア。それを見て今度は愉しそうに目を細めるのだ。


「――ほう。随分と疲弊しているではないか」


ディーアに視線を送りながら言い放つアーチャーに、オジマンディアスも視線を下ろす。幼子のように眠っているようにも見えるが、本当は違う。アーチャーの言う通り、かなり疲弊しており死んだように眠っている。
「世界を渡りすぎたゆえか、それとも……」そう言葉を零した時、オジマンディアスがピクリと動く。その様子をアーチャーは見逃さない。「……その様子、どうやら聞いたようだな」


「愚かよなあ。その願いが叶うかすら、達成できるかもわからぬというのに。まあ、その足掻く様に見どころがあるのだが」


片手をあげて愉しそうにするアーチャー。その瞼を閉じた赤い瞳には、これまでの彼女の姿が浮かんでいるのだろう。足掻き。迷い。倒れ。泣き。挫け。それでも足掻き。それでも前進することをやめない。諦めの悪い銀糸の女の姿が。
ふと、笑みがこぼれた。


「愚直なまでの真っ直ぐさ、余は嫌いではない。その信念、その覚悟、実に見どころがある。ゆえに、余は気に入った。この者はファラオたる余が導こう」


すくい上げた銀糸がスルリと落ちていく。僅かな明かりでもひかるそれは、湖が太陽に反射して輝くそれによく似ている。

さきほどまでは愉しそうにしていたというのに、今は鋭い瞳を向けている。彼の言葉が癇に障ったのだ。
彼女に寄り添うオジマンディアスを睨みつければ、背後に魔力を漂よわせて再び対峙する。


「二度は言わん。それを我に渡せ」


太陽の色をした瞳が彼女から黄金の王へと視点をずらす。


「余とて二度は言わん。これは既に余のもの。貴様にくれるものではない」

「――ほう?」


背後に漂わせていた魔力が集中し、空間が開く。宝具は姿を現していないが、警戒するに越したものではない。オジマンディアスは微動すらしなくとも、その瞳を鋭く光らせアーチャーを見やる。少しの動きも見逃さないように。
しばらく二人は睨み合い、対峙した。どちらも譲らず、動かず。ただただ互いを見つめるのだ。

最初に動いたのは、アーチャーだった。
瞼をおろして魔力を散らす。先に敵意を示したというのに、何故収めたのかと太陽の瞳が語る。


「ふ。なに、これもまた一興と思っての事よ。さて……今回はどのようにして足掻くのやら……」


赤い瞳が、また彼女を映す。その瞳にはすでにこの先が映っている。それは眠っている彼女も同じこと。ゆえに、それをどう愉しみ、どう足掻くのか。
その唇は本当に愉快そうに、弧をえがいた。


「せいぜい大事にしておくのだな、神王よ」


魔力でできた偽りの肉体を黄金の粒子へと変え、霊体化をして姿を消す。じきに気配さえも消え、此処を立ち去ったのだと理解する。
やれやれと息を吐き警戒を解けば、何も気づかずに眠りこける傍らを見下ろす。そしてまたその寝顔に溜息を吐いた。

この女は警戒心が強く、神経をとがらせあらゆることを感知しようとする。危険なこと。哀しい事。幸福なこと。自分がすくいあげられるものは全て、感じようとする。また冷静に物事を見て分析し、判断するのも得意であろう。その女が、サーヴァントの気配すら感知する者がアーチャーの来訪に気付かず眠っている。それは単にアーチャーの言う通り疲労のためか、はたまた安心しての事か。

ディーアが眠る前。安心しろと言い放ったあと、体に張っていた力を解いて安堵の息を漏らし眠りに落ちていく姿を思いだす。

気を許し、傍にいることで安心されているのは気分がいい。
もう一度、銀糸をすくいあげ指の間にとおす。スルスルと流れていく感覚がなんと愛でたいものか。「ああ、貴様はこの余が導いてやろう」囁くように告げる。


「だが肝に命じよ。その道は業火の如く、進めば進むほど炎は増し、やがて貴様すら飲み込むであろう」


もはや茨の道ではない。茨であったならどんなに楽だったものか。
目指している道は業火の海だ。身を焼きながら進むしかない道。炎は収まるどころか進めば進むほど燃え上がり、あらゆるものを焼き尽くす。そこを進むというのは、業火に身を投じ癒えぬ傷跡を負うという事。


「貴様はそれでも、先を目指すか……?」


すでにその身は業火の中にあり、歩き出した日の事さえ忘れてしまうほど進んでいる。振り返っても始まりはもう見えない。前を見ても終わりは見えない。立ち止まっても炎は燃え上がる。行き場はもう閉ざされた。
「いや」オジマンディアスは自ら自分の言葉を否定した。「貴様はそれが誰よりもわかっていてもなお、突き進むのであったな」そうでなくては、自分はこの女を気に入らなかったし、興味すらひいてはいない。


「まったく……愚かなものよ」


ああ。あの黄金の王が言う通り、愚かなことだ。終わりの見えない戦いに挑んでいる。滑稽で無様で、確かな確証すらないというのに。
だが、それでも。


「しかし……それゆえ、美しいものもある」


だからあの黄金の王も、この神王すらも、その存在を愛しい尊いと思えたのだろう。

09





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