ある日、サーヴァントたちが動きを見せた。

一つ目はアインツベルンの屋敷。セイバーの拠点にキャスターが攻め込み、それと同時にマスターをも連れたランサーが侵入する。そしてまた、別の方向からアサシンのマスター言峰綺礼が森へと入る。
二つ目はライダーとそのマスター。キャスターの工房を突き止め向かているはずだ。

その日の夜、ディーアはオジマンディアスの自室となった部屋で鏡を見ていた。
鏡に映っているのはライダーとマスターの姿。魔術によって行動を監視しているのだ。鏡の機能は水晶玉に近い。

ソファに座ってそれを眺めながら、ディーアは別の物も見ていた。
アインツベルンの屋敷だ。あそこには使い魔を放ち、使い魔の眼と自分の眼を同化させ、見ているのだ。
とはいってもあそこには結界が張られており、なかな入ることはできない。侵入した彼らが開けた結界の穴を探し、そこを潜る。

一方ディーアがそうしている最中、オジマンディアスは玉座に座り、特にすることがないのか小さな青い獣、スフィンクスと戯れている。
あの小さなスフィンクスは恐らく彼の宝具である熱砂の獅身獣アブホル・スフィンクスだ。それより何倍も小さいのだが。
聞いたところによるとそれはスフィンクス・アウラードというらしく、つまるところアレの仔のようなものらしい。仔と言っても、オジマンディアスの魔力で作っているに過ぎない。

ゆえに、こちらのことなど一切気にしてはいない。

無言の中、ディーアもオジマンディアスのことを気にもせず、サーヴァントたちの行動を盗み見る。
使い魔の眼と同化しているため、その瞳には薄暗い森が映る。森を漂っていると、言峰綺礼を見つけた。木の枝に身を潜め、観察する。
彼は森を進んでいく。何が目的かは分からない。一応、彼は聖杯戦争の脱落者ということで表向きは教会に保護されている。こんなあからさまな行動を、裏で操っている遠坂時臣が命じるとは思えない。

ディーアはそれを見つめていた。言峰綺礼がふと足を止め、振り返る。
言峰綺礼の目は確実に使い魔を捉え、そして…………気付いた時には使い魔は真二つ
に斬られていた。


「……わッ!!」

「……!!」


短い悲鳴と同時にディーアが見ていた鏡が粉々に砕けた。
突然の悲鳴でオジマンディアスも驚き、小さなアウラードも彼の膝から飛びだった。

ディーアは片手で両の眼を塞いでいる。


「なんだ、突然。驚くではない……か……」


オジマンディアスはディーアに目を向けるなり、その輝かしい太陽の両眼を大きく開いた。

ディーアの頬にスーッと赤い筋が流れた。片手で抑えている瞳からそれは流れていた。
確認しなくてもわかる。それは血だった。
下唇を噛んで痛みに耐えるディーア。ディーアが片目を拭い、瞼をあげた。


「――ッ! ……あ、ごめんなさい。少し、しくじって……ああ、すぐに片づけ……」


黙ったままのオジマンディアスを捉えると、ディーアは慌てて割れた鏡を集めようとした。
自分のことなど、後回しにして。

オジマンディアスは玉座から立ち上がり、ソファにいるディーアの元へ足を進めた。ほんの数歩でたどり着く。
ソファに座るディーアを見下ろした。手はまだ片目を押さえている。そこからは、未だに赤いそれが流れている。


「ファラオ……?」


不思議そうな声だった。
戸惑った表情だった。
痛みなど感じていないというような目で、自分を見下ろすオジマンディアスを見上げた。


「……良い、見せてみよ」


そういって腕が伸ばされる。
片目を押さえている手を下ろす。大きな手に長い指。伸ばされた大きな手が頬に触れ、少し持ち上げられる。長く綺麗な指は耳に触れ、少しこそばゆい。

瞼を下ろした瞳から流れる赤い滴を、親指の腹で拭う。
そしてゆっくりと瞼をあげた。
ラブラドライトの瞳にオジマンディアスが映る。赤い滴を流していた瞳は赤く染まることは無く、宝石のような瞳のままだった。

オジマンディアスは息を小さく吐き出し、伸ばした腕をひく。


「もう良い。今日はもう眠るがいい」

「え、で、でも……!」

「寝ろと言っている」


有無を認めないと言うような瞳で睨まれてしまうと、それに押し負けてしまい黙るしかなかった。しかし、めげずに「けど……」と口にする。
ディーアは彼の鋭い瞳をちらちらと伺いながら「此処の結界だって、貼り直さないと、いけないし……」と呟く。

拠点に結界を張るとは常識、というより当たり前だ。勿論、ディーアとて結界を張っている。
が、ここ最近はディーアの体調不良が影響し結界が弱まっていた。今でも結界はあるが、その役割をまともに振るうことができない状態だ。故に、張り替える必要がある。

ディーアがそう告げると、オジマンディアスは少しの沈黙の間をあけた。
そしてため息交じりに呆れたように言う。


「フラついておる癖に、よく言うものよな」


月明かりの光で影がささった。自分を覆う影。
見上げようとしたその瞬間、強い力で引っ張られたかと思えば今度は浮遊感に襲われる。視界に移るのは白い布と、見慣れた金と青の丸い装飾品。膝裏と肩に回された、黒い布に覆われた腕。

抱き上げられている、という事実にたどり着くのはそう遅くはない。


「ッファ、ファラオ!? え、あの……」

「騒ぐでない」


戸惑って声をあげればビシリとくぎを刺される。ディーアが項垂れている隙に、オジマンディアスはさっさと目的の場所まで足を進める。
自分の寝台までくるとベッドにディーアを下ろし、自分はその枕元に腰を下ろした。

起き上がろうとすれば、小さいくせに割と重いアウラードが一匹二匹と来て、ベッドから浮いた肩に飛び乗る。
その反動で再びベッドに沈み込めば、アウラードはディーアにすり寄るように丸まる。

ディーアはオジマンディアスに目を向ける。彼は枕元に腰を下ろし、背を向けている。
オジマンディアスの着ている白いマントを、ディーアは遠慮がちに引っ張る。


「あ、の……眠るなら自室で……」

「貴様の部屋には寝台一つも無いではないか。余が良いと言っている。今宵はそこで眠るがいい」


たくさんある枕に手をついて、体ごと後ろを向いたオジマンディアスはそう言う。
確かに彼の言う通り、あの部屋には何もない。というより、この部屋以外は何もない。ただの空き部屋だ。
とうとうディーアもこれ以上言う事はできなくなり、口をつぐんだ。

オジマンディアスの大きな手がディーアの頭を撫でる。
その表情には笑みが浮かんでおり、まるで小さな幼子を癒す様に。またはあやす様に。
慈愛に満ちたそれには、民を愛する王とはまた別の。父という存在に似ているのかもしれない。


「余も此処にいる。貴様の回復も早まるだろう」


眠りに誘うような声だ。

ディーアは魔術師ではない。その存在は極めて言葉での説明は難しく、ゆえに彼らに流れる魔術構成は他とは異なる。
基本、サーヴァントから魔術師に魔力を回すことはできない。マスターの魔術師からサーヴァントに流れるのは基本だが、まずもってその逆はできない。だが、ディーアの在り方のせいか。彼らは一方通行ではなく円を描いている。
マスターからサーヴァントに送る魔術回路のほうが強いが、サーヴァントに送った魔力をサーヴァントから自分に送り戻すこともできる。ゆえに、丸い円だ。
円を描いている故、どちらかが魔力切れをしても、どちらかが送り返せばいい。そのため、彼らにまずもって魔力切れによる戦闘不能はない。
そしてマスターとサーヴァントが近くにいるほど、その循環は強力になる。ゆえに近くに寄り添うのがお互いの回復に最もよかった。


「存分に身を休めるがいい。貴様が眠っている間は、余が此処を見張っていよう。さあ、瞳を閉じよ。このオジマンディアスが、貴様の安眠を保証しよう」


一定の間隔で頭を撫でるリズムと優し気な低い声は、ディーアを眠りへと誘う。
やがてディーアは瞼を下ろし、心地いい温かさと安心さに包まれながら眠りへと落ちた。

08





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