flower
手塚先輩とリョマくんのお話夜遅くまで飲んで、家に帰り着いたのは午前様だった。
リョーマの「おかえり」がない帰宅は、酔いが醒める程寂しい。
手塚はシャワーも浴びず、ダブルベッドに沈む。
「広いな…」
このベッドで1人寝るのも初めてだ。
いつもどれだけリョーマに癒されてきたのか、今日はそれが身にしみてわかった。
明日は起きたら、まずシャワーを浴びて買い物に行こう。
リョーマへのプレゼントを。
翌朝、寝た時間が遅くてもいつもと同じ時間に目覚めて、手塚はいつもよりラフな格好で街に出た。
確か…アクセサリーに花に心休まる休日が良いらしい。
リョーマにアクセサリーというのが結びつかなくて、たちまち悩んでしまう。
いつも何か好んで身につけていただろうか…それすらわからず、手塚は落ち込んでしまった。
いつまでも悩んでいても拉致があかないそう思い、1番わかりやすい家事手伝いに夕食を作る、その材料を買いに行く事にした。
いつもリョーマと行くショッピングモールに1人というのは、無性に寂しく感じる。
やっぱり話をしながら一緒に買い物する方が良いと思ってしまうのだ。
そそくさと材料を買って、次の難関である花屋に向かった。
花屋に入ったは良いが、高山植物にしか興味がない手塚には、どんな花を選べば良いのかすらわからない。
悩んでいる所に、店員が笑顔で近づいてきた。
「何かお探しですか?」
「いや…」
「もしかしてプレゼントですか?」
「あぁ。俺は花の名前など知らないのだが…」
「では贈られる方のイメージを仰っていただければ、こちらからご提案しますが?」
手塚は少しの間考えこんでから、ぼそりと答えた。
「…健気で愛らしい感じなんだが」
真面目な顔つきでそういう男を見て、店員は心の中で思わず笑った。
そういう言葉が似合わない男が言うと、妙に可愛らしくて微笑ましい。
店員はざっと店内を見渡して提案する花を決めた。
「桃の話とかはどうですか?」
1枝を水から引き上げて見せる。
「桃…たしかに可愛い花だな。ではこれにしよう」
「ありがとうございます。小振りのブーケにしたら可愛いと思いますけど」
「では、そうしてくれ」
手塚の返答に、店員は桃の花をメインに春を予感させる可愛いブーケを作り上げた。
「大変お待たせしました。如何ですか?」「いい感じだ」
「ありがとうございます」
手塚が料金を払い、店を出ようと見送った店員が悪戯っ子のように伝えた。
「お客様、桃の花言葉ご存知ですか?」
「…いや」
「ふふ。あなたに夢中とかあなたのとりこです、なんですよ。ありがとうございました」
手塚は顔を真っ赤にして、店を後にした。
アクセサリーは断念して、手塚は家路に急ぐ。
今日、リョーマは何時頃帰ってくるのだろうか。
たかが1日会わなかっただけでも、リョーマの事で頭がいっぱいになる。
「あなたに夢中…確かにそうなんだろうな」
手塚はポツリ、呟いた。
2人で住む家に帰ると、玄関を開けた瞬間手塚はどんと体当たりを受ける。
「国光、今までどこに行ってたの!連絡もしないで!」
「リョーマ?」
「俺、心配したんだからね!」
勢いに押されて、とりあえず謝る。
「お前、もう帰って来てたのか?」
リョーマは手塚にぎゅうぎゅう抱きついて「当たり前じゃない」と言った。
「早く会いたかったんだもん」
拗ねたリョーマを抱っこして、手塚はリビングのソファに移動した。
もう離さないとばかりに手塚の腰に手を回し、2人の間には全くの隙間も存在しない。
「ねぇ、どこに行ってたの?」
手塚はそう言われて、玄関に放置されているだろう食材と花を思い出した。
「…リョーマに何かプレゼントでもと思って」
手塚は、リョーマの腕をそっと剥がし、玄関から荷物を持って、リョーマの隣に戻った。
「情けない話なんだが、何が良いのかわからなくて皆に聞いてみたんだ。そうしたら、アクセサリーとか花とか休日だと言われてな。確かにリョーマにはいつも世話になってるし、何かリョーマのためにしたくなって、買い物に行って来たんだ」
「…そうだったんだ」
「でもアクセサリーは全くわからなくて、辛うじて買えたのは花と今日の夕食の材料だけだ」
手塚はリョーマに、ブーケを渡す。
リョーマはそれを見て、眩しいくらいの笑顔を見せた。
「国光、ありがとう。これ、桃?」
「あぁ」
リョーマの笑顔に、手塚はホッとした。
「でも、やっぱり買い物はリョーマと一緒がいい…」
手塚の言葉に、リョーマは更に嬉しそうに頷いた。
「こうして国光が俺のためにプレゼントを選んでくれたのは本当に嬉しいけど、花よりも国光と一緒にいられる方が何倍も嬉しい!」「今度の休みは一緒に買い物に行こう」
「うん!…ねぇ、国光。今日はもう2人きりでいたいな。ベッドに連れて行って?」
甘くおねだりするリョーマに、手塚は照れで顔を強ばらせながらも、また軽々と抱っこして寝室に向かった。
後日、マンションの友人達に桃の花言葉を聞いたリョーマは嬉しさのあまり、皆の前で泣きそうになった。
幸せなんて、人それぞれ。
他の誰よりも自分はずっと幸せなんだと、リョーマは今日も大好きな人の帰りを待っている。
Happy end