「な、…にしてんだ、俺」
急に聞こえた女の人の声に、動揺した。
一方的にかけて、何だか捲し立てて、一方的に電話を切ってしまった。
もう一度かかってくるかな、なんて思っても、そんな上手くいく訳がなくて、携帯を枕元に置いて、電気を消した。
布団に頭まで潜って、ぐるぐる考える。
なんで、電話を切ったのか。
なんで、あんなに動揺したのか。
なんで、女の人の声に。
こんなに、辛くなったのか。
答えなんか簡単だ。
「……ばっかじゃねーの、俺」
いつだってあったことだろう。
あの店に行ったときだって、蒼志は女の人にも囲まれてたじゃないか。
わかってる。わかってるんだけど。
布団の中で考えることを放棄したい。
身体をごろごろ転がしても、そうはなってくれなくて、困る。
それから眠気が来ないまま、時計を見てないからどのくらい経ったか見当もつかない。
もしかしたら五分で、一時間かもしれない。
住宅街にバイクの音が聞こえて、こんな時間に迷惑だな、とか、でも、まさか、なんて。
近付いた音が、止まって、でも、まさか、なんて。
そこにあってほしいような、ほしくないような、カーテンをゆっくり開けて、家の前の道路を見る。
「……なんなんだよ、もう」
バイクに跨って、ヘルメットを取る例の男の姿が、そこにあった。
あんなの、あいつしかいない。
携帯を見ても、連絡はなし。
…気障すぎるだろ、俺が寝てたら、どうするつもりだったんだ。
「連絡くらい、しろよ」
「…起きてたんだな」
ドアをあけて、門の前でバイクに寄り掛かっている蒼志はそんな変な返事をした。
それに俺は曖昧な返事をして、いつもの静かな住宅街の音。
「……電話」
「………ごめん、ほんとに、何となくかけただけだから」
「それはいい」
何で切ったか、とか、理由を言えるはずがなくて。
本当になんでもないと、白を切るしかなかった。
「司」
「何でもないって」
「嘘つくな」
「……何で嘘ついてると思うわけ」
「何となく」
何となく。
何となくで、こんな、問い詰めたりしなくたって、いいじゃないか。
勝手な言い分だってわかってるけど、今は、よくわからない感情がごっちゃになって、黒いものが腹の中を渦巻いていた。
「関係ない」
「…あ?」
「蒼志には、関係ない」
「……じゃあ誰に関係してんだよ」
「俺だけの、問題」
「だったら話してもいいだろ」
「蒼志には、話したく、ない」
売り言葉に買い言葉、っていうより、俺がただ喧嘩売ってるだけ。
言った後に、何でそんなこと言ったんだって思って、でも、言い直すことも出来なくて。
何も言い返してこなくなった蒼志を見ることも出来ず、真っ黒な地面に目線を移した。
その視界にはアスファルトだけだったのに、すぐに見えなかった蒼志の靴が目に入る。
それから、もっとそれが近付いて。
肩にかつん、と。
首筋に髪が、あたる。
「…んなこと、言うな」
顔を少し上げれば、身長差の所為で少し曲がった背中が見えた。
あおし、とつい口に出して言ってしまう。
背中に回った腕に、力が籠った気がした。
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