side 蒼志
「あ、蒼志だ」
「……なんだよ」
後ろから回された手を振り払う。伸びた爪が首筋をかすった。
「最近蒼志付き合い悪くない?」
「関係ねぇだろ」
「感じ悪いなー」
陸は丁度席を外していて、その空いた向かいの席に座ったショートカットの女。
さっきまでの話の、話題だった女。
多少酔っているんだろう、化粧の赤みとは別に、顔が火照っている。
「でも、最近怪我しなくなったね」
「……まあな」
「あ、さっきの感じ悪いって嘘」
「はあ?」
「愛想良くなったね」
「……」
「前までは、くだらないことには返事しなかったじゃない」
それは間違いなくあの家の影響で、でも、どうとは思わない。
前までは調子を狂わされていたのに、今はもう、当たり前になりつつある。
会話はそこから進まない。
百崎はそこにいるだけ。酒を少し飲んで、笑みを崩さず、だけどべたべたと話たがらない。
だから楽だった。
割り切りの関係が出来たから。
「………あ」
「ん?どうかした?」
喋らない間に、ポケットに入れたままの携帯が震えた。
何度か続く振動、メールじゃなくて電話だろう。
面倒でも携帯を見ると、日付は変わっていて、それにしては珍しい名前が浮かんでいる。
「電話?」
そう聞いてくるのと同時くらいに、通話ボタンを押した。
『もしもし?』
「…どうした?」
『いや、特に、用事ないけど』
「珍しいな」
『……だめだった?』
「…んなわけねぇだろ」
嬉しい反面、この時間だ。普段なら明日の朝の準備をすませてすでに寝ているはずだからと心配にもなる。
そう思いつつ大して実のない話をしていると、前に座る百崎が興味深そうにこっちを見ていた。
「誰?」
「お前には関係ない」
「司ちゃん?」
「黙ってろ」
ふざけているだけだとわかるが、ただでさえ煩い空間の中で、司の声が上手く拾えなくなる。
…ああこのやり取り、前に陸とやったな。
『……蒼志?』
「ああ、悪い、気にすんな」
『ごめん、忙しかった?』
「違う」
『でも悪いし』
「いいから」
『いいよ、ごめん、ほんとに何でもないんだから』
「つかさ、」
『おやすみ』
でも違ったのは、一方的に切られた電話。
…切る間際の、雰囲気が違った。
何かを隠された、ような。
それが、わからない。
「――…くそ、」
「え、あ、…ごめんね、蒼志、そんなつもりなくて、」
「お前じゃない」
誰の所為だとか、どうでもいい。
それよりも。
「陸に言っとけ」
「え?」
バイクのキーを取り出して、店を急いで出る。
着くころに寝ていたならそれでいい、でもそうじゃないなら。
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