何をしたんだっけ。
海には入らなかったと思う。砂浜にも行かなかったと思う。
ただふたりで暗い夜空と海と、花火をするひと達と、そのひと達が帰ってくのを眺めて。
何の話をしたんだっけ。
桜のこと、父さんのこと、緋里くんも緒方も春日野も、俺の知り合い蒼志の知り合い、あと、蒼志と、俺のことも、多分話した。
空が白み始めて、そろそろ夜が明けるな、と思った。
「行くか」
「……」
「司?」
「俺さ」
「……」
「日の出、見たことないかも」
まだ、日が登るのは先だ。
時間は今まで見たこともないような数字。こんな夜更かし、したことない。
正月の初日の出だって、桜や父さんといたら、見る機会もない。
「見るか」
「ん」
じわじわと空が、青みを帯びる。
海も、もう黒くなかった。
海の向こう側から出てきた太陽に、すごい、なんて感想は浮かばなくて、ただ、これが日の出か、と言う味気のない感想が口から出た。
「行こっか」
「ん」
行きと同じ。
蒼志のヘルメットを俺が被って、緒方のヘルメットを蒼志が被って、エンジンの音が聞こえて、来た道を戻った。
帰りはまたあの場所に戻るのかと思ったけど、着いたのは俺の家の前だった。
ヘルメットを取った蒼志に習って、また俺もヘルメットを取る。ここまで、来る時と同じなことに、ちょっと笑えた。
「蒼志、どうすんの?」
「陸に返しに行く」
「そっか」
家には寄らない。そう言うことだろう。
家の中は、誰も居なくて、明かりもつかない。あり得ないけど、もし俺が今家の中にいたら、そろそろ起きる時間だ。
バイクを降りることに、少し躊躇う。
誰も居ない家に帰ることが寂しいんだろうか。自分でもわからない。
そのまま、蒼志の背中に頭をぶつけた。
「……つかさ?」
「………なんでもない」
風で服は冷えてるけど、蒼志の背中に当たる額は温かい。
「あー」
「何だよ、さっきから」
変な声を出すと、蒼志の笑う声が聞こえる。
「何お前、寂しい訳?」
「……そうかもしんない」
「ガキ」
「ガキでけっこー」
服を掴んで、ぐりぐりと額を押し付けた。その間、蒼志は本当に声を上げて笑った。
普段そんな笑わない癖に、深夜じゃないけどそういうテンションってことか。
「……返したら、帰って来てやるよ」
「ん」
「………それまで、起きてろ」
「……ん」
何て横暴な奴だ。
バイクから降りて、ヘルメットを蒼志に返す。
「朝食何がいい?」
「軽いやつ」
「流石に肉料理は作りたくないわ」
朝食作って、蒼志と食べて、桜が帰ってくるまで、寝よう。
「いってらっしゃい」
09.少しだけ良くないこと
(いってらっしゃい、だってさ)
(…いつの間に、違和感なくなったんだろ)
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