「そこ、気をつけろよ」
「へ?」
「火傷したりするから」
「ああ、うん、わかった」
バイクに乗る時、蒼志がマフラー?って言うんだっけか、それを指してそう言った。バイクの構造を碌に知らない俺は、極力変なところに触れないように、大人しく後ろに座るしかない。
「…蒼志」
「あ?」
「……どこ掴まればいい?」
で、座ったはいいけど、案の定勝手がわかるはずもなく、蒼志の背中を叩いて聞いてみる。ヘルメットの所為で、ちょっと声は聞き取りづらい。
後ろを振り向いた蒼志が、更に俺の方に手を伸ばした。
「ここ」
「ん、ありがとう」
どうやら後ろに握るところがあるらしい。
大人しくそこに手を持って、前を向くとこっちをずっと見続けていた蒼志と目が合って、蒼志は目を細めて、笑った。
「別に、俺に掴まってもいいけど」
……何、言ってんだ、そういうことは、女の子にでも言えよ。
もう一度身体を叩くと、ヘルメットの前をこつんと手で叩き返された。
エンジンの音が、聞こえる。
きっと、俺の声はもう聞こえない。
繁華街を走り抜けて、大きい道路に出て、色んな道を通る。
知らない場所だ。
いや、もしかしたら知ってるのかも知れないけど、全部初めて見る景色だった。
風が強く当たって、羽織っている長袖だけじゃ、ちょっと肌寒い。
そう思っていたら、途端に視界が開けて。
「―……うみ」
籠った自分の声さえ聞こえなかったけど、多分そう言った。
昼間に見る海は青なのに、夜は黒かった。
初めて見たわけじゃない。けど、新鮮だった。
バイクが路肩の方によって、海側にある少し開いたスペースの方に向かい、速度が落ちて、そこでエンジンが止まる。
蒼志がヘルメットを取るから俺も真似するように取って、頭を横に振る。
軽い。結構重量あるんだな、ヘルメットって。
「何で海?」
「それしか思いつかなかった」
マフラー、に注意して降りる。
歩道の端が少し高くなっていて、その下は砂浜、先は海。
端のところに登って腰を下ろす。
すぐに蒼志もやってきた。
「何かさー」
「…」
「一昔前のさ、青春っていうか」
「…」
「デートみたいだよな」
砂浜で、ちかちかと何かが光って、人の笑い声が聞こえる。
花火、だろうか。
「だったら、どうする?」
「え?」
す、と蒼志の顔が、予想より、近くにあった。
手が、指先が、頬にかかって、髪を後ろに撫でつけられる。
「そうだったら、どうする」
目が合ったまま、動けない。
そうやって、俺に聞く意図もわからないけれど。
「……どうもしない」
「…何だ、それ」
「デートだろうと、何だろうと」
何でもよかった。
ただ漠然と広がる、変な気持ち。
もどかしい、うれしいような、かなしいような、くるしいような。
自分だけが持つ、不公平な、そんな気持ち。
知りたくない、気付きたくない。
だから、何でもない、ふりを、する。
だって今更気付いて、どうしろっていうんだ。
「嬉しいのに、変わりはない」
二人じゃないのに、ふたりっきりのここで。
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