宇月のその声を聞いた瞬間、桜の肩がびくり、と大げさに跳ねた。
この場から、早く桜を出さなきゃいけない。
桜に手を伸ばし、抱き上げようとする、と。
その手は、空を切って。
「え」
桜が俺の横をするりと抜けて。
ちょ、っと、待って。
なんで。
なんで……!?
「きらい!!!!」
桜の方に振り返った途端。
彼女は大きな声で、そう叫んだ。
今俺からは桜の表情は見えないけれど、それでも握りしめた手はぷるぷると震えていて。
桜の顔が見えているだろう面々は、一様に間抜けた顔をしていた。
ソファーに座ったままのアンズさんもスバルさんも、床に座り込んでいた宇月も、その傍に立っていた緒方も、蒼志も。
皆ぽかんと桜を見て、びしりと身体が固まっていた。
「さくら」
「きらい!!つーちゃんいじめるひとはみんなきらい!!」
「……桜」
……なんていうか、俺も、最低だよなぁ。
桜にこんなこと言わせて、それで、それを嬉しいとか思っちゃう俺も。
こんなこと言わせたらいけないのに、って、今日、何回思っただろう。
「桜」
俺よりも前に、いつの間にか動けるようになったらしい蒼志が桜の名前を呼ぶ。
それから宇月の傍から離れ、桜の元に歩いて、さっとその身体を抱き上げた。
「司、桜連れて出てろ」
「あ、うん、……」
そのまま俺の方に桜を渡してきて、「きらい、きらい」と泣きじゃくる桜を受け取り、なだめるように小さな体を抱き締める。
「あはは!嫌いって言われた!」
笑い声を上げる宇月から隠すみたいに、蒼志が俺の背を押す。
桜の耳を塞ぐために腕で彼女の頭を抱き込んで、急いで出口に足を進めて。
「俺もガキは嫌いだけど、君のお兄サンには興味あるかな」
扉が閉まる直前、そんな物騒な声が聞こえたけど、俺は必死に、気付かない振りをした。
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