宇月が吹っ飛んだのは、蒼志か緒方か、どっちかが全力で殴ったらしいから。
「つーちゃ、……」
幼い子供の、声は。
「さ、くら、なんで」
間違いなく、自分の妹のものだった。
扉を小さく開き、大きな目をさらに大きくまん丸くして、こちらを見ている。
……まずい、と思った。
宇月の姿を桜に見せるのは、とにかく拙い。
桜を脅したり、俺を殴ったり、それをしたのはあの男だ。
宇月にキスされたことだとか、この際どうでもよかった。
あいつが殴られたことだとか、それこそどうでもよかった。
とにかく桜の目に映らないようにしないと。
慌てて扉の方まで歩き、こちらを不安そうに見上げる彼女の前に立って、どうにか笑顔を浮かべる。と言っても殴られた痕が痛いから、あんまり綺麗には笑えなかったけど。
「どうしたの、桜」
頭を撫でれば、少しだけ彼女の肩の力が抜けたような気がした。
それでも何か俺に言うことは難しいらしく、口をちょっと開いたまま、依然俺の顔を見続けていた。
「……」
ちらり、と扉の隙間から向こう側に目をやる。
桜の後ろには、桜の面倒を見ていたのだろう例の後輩くん達が居て、バツの悪そうな顔をしていた。
きっと、何らかの理由で桜が席を立ち、彼らが止める間もなく彼女がこの部屋にたどり着いてしまったのだろう。
桜をひとりにして皆に任せてしまっていたから、責めるつもりもない。
でも、この部屋だけは。
この部屋に居る男だけは。
「……あーちくしょう、いってぇな」
俺の背中の方から声がする。
言葉と感情が食い違っているような声が。
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