「謝って終わり、なんて随分生温いじゃん」
けらけら笑う宇月。
「黙ってろ」
その笑い声を止めたのは、蒼志でもスバルさんでも他の誰でもなく、緒方だった。
俺の近くに居たはずの緒方がいつの間にか宇月の前に居て、ぐっと腕で宇月の首を押して、低く唸った。
「ぐ……ッ」
「誰が喋って良いつったよ。お前は黙ってろ」
こちらから顔は見えないけれど、明らかにいつもの緒方じゃない。
気道が締まっているのか、宇月は苦しそうに顔を歪めた。
「……なんか緒方キャラ違くない?」
「……昔っからあいつ相手だとああだ」
小さい声で蒼志に問うと、蒼志も小さい声でそう教えてくれた。
宇月の顔のあの痕も、緒方が捕まえる際にぼこぼこにしたからだと言う。
「……ねぇ、司ちゃん」
「え、あ、はい」
ゆっくり、緒方が振り返る。
ぎらぎらした瞳。俺を呼びに来た時の顔だ。
「まさか、こいつまで、謝って終わらせるつもりじゃないよね」
疑問符なんてなく、決定事項のように言われる。
まあ、宇月に関しては、確かに、そうだったけど。
「司ちゃんが許してくれんなら、俺が始末するし」
「いや始末するってそんな……ちょっと緒方、ストップ、宇月死んじゃうから」
「いいじゃん、何も問題ないでしょ」
「いやいやいや」
ぎりぎり首を押さえつけられてる宇月の顔色が悪くなっていく。
いくらなんでもやりすぎだろう。
「……陸、やめろ」
見かねた蒼志が緒方を止めれば、緒方は大きく舌打ちをして、腕を退かして一歩後ろに引いた。
げほげほと咳き込む宇月を冷たい目で見下ろしている。
「っ、あー、ほんと、容赦ねーの。苦しかったぁ」
「……」
あんなことをされてもまた笑顔で居られるこいつはやっぱりどっかおかしいんじゃないのか、って思う。
俺だったら泣いてるかも。
「で、えーと、司ちゃんは、俺にどうしてほしいの?」
「……宇月は一発殴りたい」
「え?」
「桜泣かせたから、殴りたい」
「……あー、君の妹ちゃんだっけ?あはは、それだけでいいの?一発殴るだけ?つーか自分が殴られたからじゃないんだ、あはは、おっかしーの」
「……蒼志ストップ」
「……俺も殴る」
「蒼志まで熱くなってどうすんだよ、緒方もストップ」
今にも殴りかかろうとしてる蒼志の腕を掴んで、ついでにもっかい締めようとしてる緒方も止めて。
一歩、宇月に近付く。
「殴りたいけど、やめとく」
「……はぁ?」
「俺よりぼっこぼこだし、これで殴ったら弱い者苛めみたいじゃん」
「……馬鹿にしてんのー?」
ふっと彼の表情が消えた。
へー、これには怒るんだ。
安い挑発だと思うんだけどな。よくわかんない男だ。
「桜に今後一切関わるな」
「……」
「それだけで良いよ、あんたは」
「……謝ることもさせてやんないって、訳?」
「だって謝るつもりもないだろうし、謝っても本心ではそんなこと思ってないだろうし、こんなこともうしないとも言わないだろ」
「うん、そのとーり」
「だったら、もう絶対桜に近付かない、一切関わらない、それだけは守って」
「守らなかったら?」
「……絶対に、関わるな」
今だって許してない。きっと許せない。
蒼志のこと言えないし、色々矛盾してるけど、どうしたって、桜に対することだけは許せなかった。
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