「司ちゃん、今大丈夫?」
「ん、大丈夫」
部屋から出てきた緒方は、何となくいつもと雰囲気が違った。
相変わらず笑ってはいるけど、目がギラギラして、……ああ、うん、喧嘩してる時の蒼志と少し似ている。
スバルさん、と、宇月、が居るからだろうか。
「じゃあ、行ってくるね」
「……うん」
桜の頭を撫で、ソファーから立ち上がる。
もう一つの部屋の扉の前まで行って、後ろを振り返ると、後輩や他の人たちが桜の気を紛らわしてくれようと一生懸命話しかけてくれていた。
それでも桜は泣きそうで、やっぱりやめた、ってすぐに彼女の元に戻りたくなった。
「司ちゃん」
そんな俺に気付いたらしい緒方がまた俺の名前を呼んだ。
わかってる、とひとつ頷いて、大きく息を吸う。
かちゃり。
緒方が、扉を開く。
「……あっは、すげぇ顔」
開いてすぐ、ソファーにふんぞり返った男がそう言った。
俺を殴った奴が何言ってんだか。
「多分俺より、あんたの方がすっごい顔してるけど?」
「まあそうかもなー、めっちゃ痛ぇもん」
けらけらと笑う宇月は、この部屋の空気の重たさなんて一切感じていないみたいだった。
蒼志なんか今にも殴りかかりそうだし、俺の傍にいた緒方も、他のこっち側の人達もそう。
「宇月」
「あんたちょっとは反省しなさいよ」
「へーへー」
宇月の隣に座るスバルさん、と、その前のソファーに座るアンズさんのふたりだけは、呆れた顔で溜息をついていたけれど。
「……司」
腕を組んで立っている蒼志がこちらを見て、首を少し横に振った。
こっちにこい、ってことだろうか。ぴりぴりしちゃって、眉間の皺が癖になったらどうするんだろう。
俺はそれに従い、蒼志の隣に立って、変わらずにやにやしている宇月と、バツが悪そうに俺が目線を逸らしているスバルさんを見下ろした。
「ねぇ、あのさ」
蒼志を肘で小突けば、機嫌悪そうに、あ?と低く唸った。
感じ悪いから今度はもう少し強めに小突く。蒼志はむっとして腕を解き、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。感じ悪いけど、まあさっきよりはマシだ。
「スバルさんはとりあえずアンズさんと蒼志に謝ったの?」
「……は?」
「いやだから、とりあえず謝ったのかって」
「……」
「……司ちゃん、あのね、そう言うことじゃないんだけど」
黙った蒼志の代わりに緒方が言う。
「何でだよ」
「何でも何も、そう言うことじゃなくってさ」
「だって結局さ、スバルさんは色々勘違いして、色々変な方向に突っ走って、そんでもってあんなことしたんだろ。何、俺間違ってる?」
「……まあ、間違ってないと思うけど」
「あはは、そうよねぇ、間違ってないわ」
スバルさんは完全に顔を俯かせていた。
宇月はぽかんとして、アンズさんなんかはくすくす笑っている。
「もうしないって、あの時スバルさん言ったし。じゃあ後は、謝るだけじゃないの」
「……」
「……」
アンズさんに散々殴られて、彼は確かに言ったはずだ。
蒼志達には蒼志達なりに、何かあるのだろうけれど、まずそこをどうにかするのが一番なんじゃないだろうか。
「……あのさ、司ちゃん」
「何」
「さっき、司ちゃんが来るまでの話でね」
毒気を抜かれた、って言うんだろうか。あのギラギラした目をどっかにやった緒方は、苦笑を浮かべていた。
「今回、一番被害に合ったのは司だ」
言葉を続けようとした緒方を遮り、隣の蒼志が静かに呟く。
「だから、お前がどうしたいか、それを聞いてこいつらをどうするか、決めるって話になった」
「へー」
「どうしたい」
視線が交わる。
俺より十センチくらい高い位置にある瞳。
全部わかってる、って顔。
俺がこういうやつだって、もうわかってる、って顔。
「スバルさんには、とりあえず蒼志とアンズさんに謝ってほしい」
「お前には」
「うん、じゃあ一応俺にも」
「……それだけでいいんだな」
「蒼志とアンズさんは?」
「私はそれで良いわ、もう絶対にあんなことしないならね」
「……俺はお前が良いならそれで良い」
「じゃ、そういうことなんで、スバルさん」
のろのろ、スバルさんが顔を上げる。
「……」
「ふたりに、あ、後一応俺に謝ってください」
「……それだけで済ませるつもりか」
「はい」
殴られたり蹴られたりした方が、彼らにとっては楽なのかもしれない。気が済むのかもしれない。
だけど俺にはどうしても、それが一番だとは思えなくて。
平気な振りして、見栄張った振りしてるけど、本当は今だって怖い。
めちゃくちゃ怖い。
殴られたり、首絞められたり、思い出すだけで凄く怖い。
でも俺だって、ここで吹っ切らなきゃいけない訳で。
変なものを抱えずに、普通に、いつもどおりに、暮らしたい訳で。
「……」
俺の、俺達の普通に則って貰いたい訳だ。
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