「桜」
「なぁに?」
オレンジジュースを両手に持ち、俺の方を向いてこてりと首を傾げる彼女は天使以外の何物でもなかった。
このまま抱き締めたい。けど、それじゃ話は進まない。
どうにか衝動を堪えて桜の頭を撫でる。
「お兄ちゃん、もう少ししたらちょっとここ離れるけど、少しだけお留守番しててくれる?」
「……つーちゃん、どこいくの?」
「あっちの部屋。すぐだから、みんなと待っててくれる?」
あっちの部屋。奥の方にある部屋。
一応VIPルームらしいそこには例の人たちが居る。らしい。
蒼志と緒方はさっきその部屋に入って、何かを話している。
離れないといったけどさすがにそこには桜は連れて行けないから、ここで待っていてもらわなければいけなかった。
「ごめんね、本当にちょっとだけだから」
「うう……」
「ね。すぐ戻ってくるよ」
家を出る前に比べて、ここには人が沢山いるし、みんな桜に良くしてくれている。だから桜も大分落ち着いてて、今なら少しだけ、離れることが出来そうな気がした。
「……ほんとうに、すぐ?」
「うん、すぐ」
「ほんとうのほんとう?」
「本当の本当」
桜はオレンジジュースの入ったグラスをことん、と机の上に置いて、俺の膝の上によじ登り、ぎゅっと抱き着いてきた。
うーうー唸っているけれど、やだ、とは言わなかった。
あーあ、こんな小さな子に、こんな我慢させるなんて。嫌な兄だ。
「そう言う訳だから、ちょっとだけ桜のこと見ててもらってもいい?」
「っす!任せてください!」
何故か俺を慕ってくれている、……いや正確には蒼志に慕っているいつもの後輩三人にそう言うと、彼らは笑顔で頷いてくれた。
「ありがとう」
不安そうにこちらを見上げる桜の手を取り、優しく握りしめる。
すると桜はにこり、と不器用に笑って見せた。胸が苦しい。
それでも、この手を離さなくては。
あの男に、一言、言ってやるために。
18.手を繋いで
(絶対に)(許してやるもんか)
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