「じゃ、気を付けてね」
「緒方も。事故るなよ」
「わかってるって。桜ちゃん、またあとでねー」
「りっくん、いってらっしゃい!」
桜も一緒に行くことになって、いくらなんでもバイクには乗せられないから、俺と桜と、あと蒼志も歩いて向かうことになった。
緒方だけは先に例の店に行き、事情を話しておいてくれるらしい。
「俺達も行こっか」
「うん!」
まだ日差しは強い。桜のお気に入りの帽子を彼女に渡すと、ぽすりと頭にかぶり、にこにこと笑った。
「えへへ」
かわいい。さすが地上に舞い降りた天使。
「あいてっ」
「にやにやしてんな、ほら行くぞ」
「だって桜可愛い」
「はいはい」
ぱしり、と額を蒼志に叩かれる。そんなににやついてたかな……いやでも桜が可愛いのは事実だし仕方ない。
三人で家を出て、扉に鍵をかけて。
あの、場所へ。
……と、思ったんだけど。
「桜大丈夫?疲れた?」
「……だいじょうぶ」
「おんぶする?」
「へいきだもん」
俺達には何でもない距離だけど、桜にはやっぱりなかなか辛いようだ。
本格的な夏は過ぎたとは言え、まだまだ暑さは残っている。平日の昼でも人通りは多く、コンクリートの上をずっと歩き続けていれば、いくら元気な桜でも疲れてしまうだろう。
「んー……」
意地、なのかな。
自分で行くって言ったんだから、って。
「桜」
すると、蒼志が道の端に寄って、桜に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「なーに、あっちゃん」
「じゃんけんしようぜ」
「……う?」
そして、じゃんけんしよう、と。なぜか。
……何でじゃんけん?
「……何、急にどうしたの」
「いいから」
俺も桜も良くわかってないまま、蒼志がじゃんけん、と声をかけはじめる。
桜は慌てて、反射的に、ぽん、と手のひらを広げて彼の前に差し出した。
蒼志の手はチョキ。
「俺の勝ちだな」
「……まけちゃったぁ」
そうしてにやりと笑ったと思ったら、桜の身体をぐっと持ち上げて、そのまま立ち上がった。所謂、抱っこだ。
「あっちゃん!」
「あー?」
「さくら、あるけるよ!」
「じゃんけんで負けただろ、俺の言うこと聞けって」
「うー!」
……こういうのをスマートにやるって言うのがもう、なんていうか……別にかっこいいとは、思ってない、し。うん、別に。上手いなって思うだけで。悔しいとは思ってるけど。
じゃんけんに負けたら負けたで、負けたから楽させてやるとか理由をつけて同じことをしたんだろう。
「ほら、司。行くぞ」
「……ん」
それから俺たちは、さっきよりも早いペースで、あの店を目指すことになった。
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