狡い。
俺も蒼志も黙って、どっちかが話すのを待っている。
後出しの方が楽なんじゃないかと思うから。
服を掴んでいた手を離して、身体を屈めて地面に転がったふたつの缶を拾う。
何だかそこから立ち上がるのも嫌で、そのまましゃがみ込んで、目線を誰に合わせることもないまま、息を吐き出した。
逃げたら、楽だけど。
その先は、ずっと後悔する。
「……桜がいなかったら、俺はお前の手当てもしなかったし、お前が家に来なかった時だってきっとあんな恥ずかしいこと言わなかったし、桜がいなかったら、俺は今普通に食事して風呂入って、布団に潜ってるよ」
「…そうだな」
「こんなこと、起こらなかった」
「……ああ」
「父さんがいなかったら、父さんが後押ししてくれなかったら、俺はこんな気持ち結局勘違いだったとか何にもない振りして、友達でいようって、…や、友達ですらいたくないって、思っただろうし、父さんがいなかったら、俺はやっぱり普通に桜と父さんと一緒に、今眠ってるよ」
「………」
「こんなこと、起こらなかった」
「………」
細々と言葉を流して、地面に染み込んだコーヒーの跡を眺める。
仄かに甘みがあったから砂糖も入っていたようだし、俺たちがいなくなったら、明るくなる頃には、ここに沢山の蟻が集っているんだろう。
「俺は桜と父さんが居たから蒼志の傍に居れるけど、唆された訳じゃなくて、誰かのためにお前と居るんじゃなくて、俺は自分で選んで、…上手く、言えないけど、どうしてもお前が好きだから、誰かからどうされたから別れるなんていうのは、嫌なんだ」
つ、と目と鼻が痛くなって、隠すように腕で自分の顔を覆った。
本当は、蒼志が飽きたら、蒼志が俺を好きじゃなくなったら、そういうことで別れようって言われたら、頷くつもりでいた。
だって、男同士だ。いつまでもその問題はまとわりつく。
何度考えても必ず辿り着く先にその問題はある。
俺だって限界を感じたら、別れを切り出すかもしれない。
だけど。
だけど、今は。
「すきだよ、蒼志」
格好付かない鼻声で告げると、砂利と地面を擦る足音が近くに聞こえた。
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