ひとを殴る音を聞くのは、どうにも抵抗があった。
恐ろしいとも、思った。
蒼志とあのひとの周りだけぽっかり空間が広がっていて、周りは倒れ込んでいるひとがいるか、それを眺めているひとか。
凄いとかいう言葉も聞こえてきたけど、確かに可哀そうな程圧倒的に、蒼志が攻め続けていた。
倒れ込みそうになるところを引き寄せて、殴りつけて、倒れたところで蹴って、少ししてまた相手が立ち上がったら殴って。
無表情でも、楽しそうでも、何でもない。
よくわからない顔で、蒼志はずっと相手を痛めつけている。
いつもの蒼志じゃないのは見なくてもわかった。
殺す、って言葉が、大袈裟じゃなく、酷い現実味を帯びるくらいに。
「蒼志」
未だに痺れ続ける腕をぶら下げて、名前を呼ぶ。
ちらりと目線をこちらに向けたような気がするけど、多分意図的に無視してるんだろう。
「何だよ、感じ悪いな」
スバルさん、は、何度蒼志に殴られようと蹴られようと、脚をふらつかせて向かっていく。
俺にはよくわからない。
もしかしたら殺されるまでそうするつもりなんだろうか。
「蒼志」
「…司は黙ってろ」
「はあ?」
「黙ってろ」
一度遠くに彼を殴り飛ばして、肩で息しながら、蒼志は俺に、そう言い放った。
黙ってろだって。
まあ、その通りなんだろう。
今蒼志は俺のためでもなく、自分のためにやってるようなものだから。
でも発端は俺だ。そう思わせてしまったのは。
「…こっち来るなよ」
「何で」
「邪魔だ」
「あっそ」
じゃあ、行くしかない。
間に立つとかそんな格好良いことは無理だから、本当に輪の中に少し入り込んだだけ。
それだけなのに蒼志は大きい舌打ちをして、スバルさんのことを殴りに行くんじゃなく、俺の方に身体を向けた。
「司」
「蒼志、帰ろう」
「…何言ってんだ、お前」
「あとはアンズさんがやってくれるって」
「は?」
「ほら」
促す様に彼女を見れば、案の定立ち上がろうとしているスバルさんの前に立って、そりゃもう凄い勢いで、ピンヒールで殴り飛ばしてるところだった。
「いッ…!」
「あんたねぇ!」
「…あ、んず…?」
「ほんっと、馬鹿じゃないの!」
尻もちをついて、頬を抑えてぽかんと彼女を見上げる姿がちょっと笑えた。
それを見て驚いてる蒼志も、おかしかった。
「あんたは蒼志よりも弱いの!そんな殴られてふらっふらの状態で、どうにかなる訳ないでしょ!」
「痛ッ、アンズ、待っ、」
「痛いんだったらもうこんなことしないって言いなさい!」
「アンズ、」
「言い訳は後で聞く!だからもうしないって言え!!」
がんがんと何度も殴りつけ、…いや、女のひとって強い。
そしてそれを止めずに、痛いと、蒼志には絶対言わないことを言いながら殴りつけられ続けてるあのひとも、アンズさんには敵わないんだろう。
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