「…アンズさん」
「……司くん、ごめんね」
「アンズさんが謝ること、ないと思いますけど」
「でもあいつ、きっと私のこと、何か言ったでしょ」
緒方が蒼志たちの方に戻って、周りには何人も味方のひとたちが残っていたけど、その中にじっと奥を見据え続ける彼女が居た。
アンズさんは勿論喧嘩はしないだろうから、ここでずっと見ていたんだと思う。
「馬鹿な男よねぇ、蒼志に勝てるはずないのに」
「…否定はしませんけど」
「それに蒼志に喧嘩で勝ったところで、より戻すつもりもないし」
アンズさんは眉を下げて笑いながら俺の横に立って、徐に何故か靴を脱いだ。
黒いピンヒールを脱いだ彼女の足先はストッキングに覆われていて、見上げていた先がぐっと近くなる。
「司くん、私ね」
「はい」
「これであいつの頭殴ってやろうと思って」
「……凄く痛そうですね」
「痛いでしょうね」
壁に寄りかかって脚をクロスさせ、ふらふらとその脱いだ靴を揺らしながら、それでも目線は俺には向かない。ずっと、向こうを見つめたまま。
「付き合ってた頃、私があいつのバイク乗って、そのマフラーでね、火傷したの」
脚の内側。
それは依然彼女の後姿を見た時に確かにあって、今もクロスさせた脚の痣が目に入った。
「責任取るとか何とか言ってさ」
懐かしむように、嬉しそうに、だけど辛そうに。
「それとは全然別の理由で別れたのに、私が蒼志好きになったっていうのを知って、八つ当たりみたいに、…一度敵わないって知ったから今度はこんなことして、ほんと馬鹿」
「……」
「私だけの原因じゃないだろうけど、私の原因でもあるから、」
「俺は別に、謝られたい訳じゃないんで」
「…そっか、ありがとう」
スバルと言われていたあの男は、確かにアンズさんのことをまだ想っていた。
だけど彼女はもう、関係ない。
「アンズさんがそれで殴るなら、俺は蒼志が止め刺す前に止めないと」
「私に止め刺せって?」
「嫌なんですか?」
「望むところかな」
その頃には、そろそろ終わりに近かった。
後輩がどこからか持ってきたナイフでぶつりと縄を切ってくれて、痺れる腕を揺すって立ち上がる。
ヒールのないアンズさんは俺よりも全然小さくて、とても小柄だと思った。
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