other side
「はい」
こんな時間に、珍しい。
部活のために着替えている途中で、鳴りだした携帯を取った。
昨日は課題でわからないところがあると電話があったし、それ関連のことだろうか。
「……佐藤?」
電話を取ってはみたものの、相手から返事はない。
ただ、遠くから、ふたりくらいの男の声と、子供の泣き声が聞こえる。
「佐藤」
名前を呼んでも、返ってこない。
どうしたんだろう。
間違い電話にしては、どこか、緊迫したものを感じた。
そうだ、…そういえば、クラスメートが、あまり良くない噂をしているのを、聞いた気がする。
瞬時にぶわりと汗が滲んだ。
まさか、何かに、巻き込まれて。
「佐藤!」
同時に、子供の泣き声が、大きくなった。
つーちゃん、と、叫ぶ声が。
わんわんとここまで届く声の中に、もう男の声は聞こえない。
「春日野?どうした?」
着替えていた部活の連中が、困惑したようにこちらを見ていた。
誰でも良い、誰か、誰か。
「津田の連絡先、知ってたら教えてくれ!」
「はあ!?何で急に」
「いいから!」
「知らねぇよ、そんな、」
「緒方でも良い、あいつに連絡取れる奴が居たら…!」
早く、早く。
泣き声が止まらないんだ。
「あ、屋上なら、まだ人居ると思う、さっき、」
誰かの言葉に、礼も言わずに、部室を出て廊下を走った。
自分で何か出来たら、良いのに。
でも些細なことしか、きっと自分には出来ない。
結局、あいつに、頼るしかない。
『あの…、』
「!」
繋いだままの携帯から、女性の声がした。
『あの、もしもし?』
「っはい!」
『ああよかった、あの、幼稚園くらいの女の子がね、居るんですけど、近くに携帯、落ちてたから、』
「すみません、場所教えて貰えますか…!」
屋上に続く階段を昇りながら、女性が色々と答えてくれるが、その場所に土地勘も無く、よくわからない。
ああもう、どうしたらいいんだ。
扉を開けると数人の柄の悪い人間が残っていた。
『あ、ええと、近くの幼稚園の子だと思うから、そこまで連れてってあげれば良いですか?』
「お願いします…!」
そうすれば、幼稚園伝手で親に連絡が行くだろう。
大問題になるだろうけど、それでも、佐藤が泣き続けるあの子を放っておくなんて、何かがあった以外に考えられない。
電話を切って、眼付ける男達の元に、声を掛ける。
「津田に連絡してくれ!」
「ああ?何でだよ?」
「いいから、佐藤が!」
「佐藤って、」
「お前らが巻いた種だろ!?早くしろ!」
「ッ、わかった!」
八つ当たりだ、でも、そう言いでもしないと、恐ろしくて、耐えられなかった。
「くっそ、つながんねぇ、」
「緒方でも誰でも良い、津田と一緒に居る奴で良いから…!」
男がそのうち何人かに電話を掛ける中、心臓が音を立てていた。
泣き声がずっとまだ残っている。
縋る、彼女の声が。
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