きんぴら固かったよね、ごめんね。なんて桜を迎えに行って、帰り道に話していると、その途中。
にやにやと笑う男が、立っていた。
まずいと、直感的に思った。
「つーちゃん?」
「桜、ごめん」
桜を抱き上げて、すぐに来た道を走って戻る。
家の場所がばれたら、まずい。
どうにか巻かないと。
大通りだ、そうだ、通行人が多ければ、あっちだって大したことも出来ない。
ああもう、今日、蒼志に話したばっかりだっていうのに。
走って走って。
後ろを振り向く余裕もなかった。
でも、せめても、と思って、携帯を取り出して、誰にかけたかわからないまま、通話ボタンを押した。
ごめん、ごめんね、桜。
「つーちゃん!」
涙声の桜の、必死な叫びを聞いたと思ったら、がつん、と、身体が後ろに倒れた。
襟首でも引っ張られたんだろう、咄嗟に桜をきつく抱き締め、衝突に耐える。
誰かに繋がった携帯が、地面を滑っていった。
「ッ、てぇ…!」
「あー、…ったく、久々に、こんな走った」
知らない男だった。でも相手は俺のことを知ってる。
そりゃそうだ、だってこいつらが、俺のことを調べてたんだろうから。
「なあ、悪いんだけどさぁ、一緒に来てくんねーかな」
「……嫌だ」
「じゃあ妹さんのこと、どうしても良いんだ?」
じりじりと痛む身体に上手く立ち上がれないでいると、俺と桜を覗き込むように前にしゃがみ込んで、にやにやと笑っていた。
怖かった。
桜もがたがた震えて、声を上げて泣いている。
何が、守ってもらわなくて大丈夫、だ。
桜をこんな風にしておいて、男のプライドなんてもの、かなぐり捨ててでも、頼れば良かった。
「……うるせーなぁ」
子供の泣き声に苛立ったのか、男が、乱暴に手を伸ばす。
だめだ。絶対に。桜だけは。
「わかった、どこにでも行くから、だから、」
「わかってくれんならいいよ、でもガキは置いてけよ、うるせーから」
「家に、」
「ダメだって、ここに、置いてけ」
「そんなの出来るわけないだろ!」
そもそも家と逆方向に走ったから、家からは少し離れている。
もう何十メートルか行けば大通りだ。車だって多くなる。
俺を探して車道に飛び出したら。
知らない道ではないだろうけど、でも、こんなところに置いていける訳なかった。
睨み付けると、男は溜息を大きく吐いて。
立ち上がる。
俺が後ずさる間も無く、がつんと、こめかみあたりを、加減している風に、蹴った。
それでも桜を抱いた状態では受け身もとれずに、地面に横っ面を叩きつけられ、ぐわん、と頭の中が揺れた。
桜が俺の名前を何度も何度も呼ぶ。
「妹さんにこんなこと、していいの?」
男の唇が歪に弧を描く。
桜に向けられた笑みが、怖かった。
15.気付いた時
(泣いている女の子を離して)(縋る手を、)
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