一番近くのスーパーに欲しいものが売ってなくて、家に桜と蒼志を留守番させて、少し離れたところにある大きめのスーパーで買い物をした、帰り道。
「司ちゃん、だ」
女性の、高すぎない、落ち着いた声が、そう俺の名前を呼んだ。
「…え?」
「あ、ごめんなさい、人違いでした?」
「…いえ、司、ですけど」
「よかった!」
すごく、美人なひとだ。
でもどうして俺の名前を知ってるんだろうか。
しかも司ちゃん、なんて、…普通だったら忘れないはずなのに。
「ええと、…どこかで、お会いしましたか」
「あはは、そうね、私が見かけたことは何度かあるけど、ちゃんと会ったのは一度だけかな」
「…すみません」
道の真ん中だと通行人のひとたちに悪いから、と端に寄った。
綺麗に頭の天辺から指の爪先まで着飾っている美人と、スーパーの袋を引っ提げた冴えない俺という組み合わせはアンバランスに見えるんだろう、ちらちらと視線が痛い。
「アンズ、って言います」
「…あんず、さん」
「陸がよく来る店に居たんだけど、覚えてない?」
あ。
…そうだ、あそこに初めて入ったとき、俺の頭をくしゃくしゃに撫でまわした、ひとの中に、多分、居た。
でも、それだけじゃない。
この声、…どこか違うけど、似たような声を、……どこかで。
「この後、時間少しだけ、もらえないかな」
「…いえ、その」
聞きやすい声なのに、逃げ出したい、俺を追い詰めるように聞こえてしまう。
「大丈夫、三十分くらいでいいの」
「でも、」
「司ちゃん」
ヒールを履いた彼女が一歩、俺に近付く。
「私を振った男が好きな子に、興味があるの」
長い、赤い爪先が、俺の腕に絡まった。
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