赤髪に抱き上げられた桜は、若干ご機嫌だ。
さらに何やらぼそぼそと彼女の耳元で囁き、それをくすぐったそうに聞き入れた彼女は、すぐに満面の笑みを浮かべたのだった。
完全に桜を誑かしてやがる…!
もう晩御飯の準備を作り終えたから奪い返してやってもいいんだが、いや、なんかこう……無理矢理桜を俺が呼び寄せて拒否されたらと思うと、素直に動けない。
「お前ほんと桜のことになると性格変わるな」
「うるさい」
それよりいつからお前はうちの天使を名前で呼ぶようになったんだ。
それから皆でいつも以上に和やかに夕食を終えて、父さんと桜が不良を質問責めにして、不良に風呂を勧めて父さんと桜が風呂に入って俺も入り終わって、桜が段々と船を漕ぎ始めた。
「司、桜寝かせてくるよ」
「ん」
桜を抱き上げてリビングを出て行く父を見ながら、風呂を出てからしなった赤髪は小さく笑っていた。
「いいな、こう言うのも」
「は?」
「家族、って感じが」
「……そうかな」
「うちは放任だし、家族揃って飯なんて、年に一度でもあったら良い方だ」
「普通そんなもん?」
「さあ、人の家を覗いたのが初めてだし」
「じゃあ、うちもあんたの家も、普通の家族なんじゃね」
「かもな」
リビングに置いてあった母親の写真を、このひとは何を思って見たんだろうか。
俺が家事をしていること、桜の面倒を見ていること、そして母の面影がもうあまり無いのを知って、この鋭い人間は、ある程度はわかってしまった。
どう思って、俺達を見ていたんだろうか。
「あ、悪いけど寝るとこ俺と一緒で良い?」
「別に構わねぇけど」
「客間掃除してなくてさ、俺の部屋なら辛うじてもう一枚布団敷けるし」
ただ、そうであっても彼が家族と認めてくれるなら。
張り詰めていた何かが解けていく様な気がした。
← top →