その緊張の糸を切るように、上空に何かが飛んだ。
「……ッ!」
黒い羽根を持った鴉が、人間と妖の間を素早く横切り、妖の居る木に留まる。
そして、姿を表す。
「見逃せ」
鴉天狗。あの青年とその妹の少女の近くによく居る、あの男だった。
「今は引く。だから、見逃せ」
「……おいおい、勝手言うんじゃねーよ」
「お前も今は引け」
「……」
九尾の狐と、鴉天狗。
結界を破る程の力を持った妖が二匹。
ここに居る全員が全ての力を以ってしても、勝てるかどうかわからない相手。
父親は何かを言いたそうに口を開き、すぐに閉じる。
「……こちらの気が変わる前に、さっさと、消えろ」
圭登は視線を外し、そう投げつけた。
正直、鴉が現れてくれて良かったと安堵した。
あの狐を、殺さずに済む。
認めたくなかった。だが、認めざるを得なかった。
「……また、来る」
男が呟く。馬鹿なことを。後悔してももう遅い。
今後、父親はこの狐を討つために本家から強い力を持つ者を連れて来るだろう。
言わなければ、逃げ切れたものを。馬鹿な、狐だ。
吹き飛ばされそうな程強い風が吹き、咄嗟に目を閉じる。
すぐに瞼をこじ開ければ、彼らはもう、どこにもいなかった。
「……!」
ふっと隣に居た彼女の身体が崩れる。
あれだけ強い妖と対峙していたのだ、気絶しても無理はない。
彼女を両腕に抱え、圭登は父親と向き直る。
「……彼女が目覚め次第、本家に戻る」
「……はい」
「お前も、準備をしておけ」
低く掠れた声。
圭登は頷くことはせず、彼女を寝かせるために、家の方へと戻っていった。
*****
「何で助けになんて来たんだ」
「お前のためじゃない、あっちのためだ」
圭登たちから遠く離れた場所。
木の上で、狐と鴉が顔を合わせる。
祐貴はがしがしと頭を掻き、低く唸った。
それを横目に、蒼志は腕を組んで幹に寄り掛かり、大きく溜息をつく。
「あの男でも、お前でも、どっちかが死ねば司と桜が泣くからな」
「……お前はそう言う奴だったよ、ちくしょう」
「下手に動くな、もっと上手く動け」
「だって、どうしろっつーんだ」
圭登を手に入れたい。そのためには、あの人間達は邪魔だ。
けれど、殺すつもりもなかった。圭登の大事にしているものを殺すのは、気が引ける。と言うより、それによって圭登に嫌われるのが恐ろしい。
でも、悔しい。あの女は、人間で、女と言うだけで圭登の隣に居ることを許される。
嫉妬するなんて、自分らしくないとも思った。
「ひと月もすれば、あいつら、俺とお前を殺すために戻って来るだろうなぁ」
「……」
「いいのか、お前。お前まで標的にされたぞ」
「……良くはない。ただ、お前と違って俺はまだどうにでもなる」
「……鴉ってのも便利だな」
鴉の姿で居れば、下手なことさえしなければばれない。
それがわかった上での行動であるとは気付いていたものの、狙われることには変わりなかった。
「それより、お前の方だ。あの男を嫁にするならさっさとしろ、時間がない」
「わかってるっつの」
時間はあまりない。
どうしたものか、と、祐貴は遠い社を眺めた。
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