ふかりと煙草の煙を吐き出すと、げほげほとわかりやすく目の前の彼が咳き込んだ。
「あんたいつまでここにいるつもりですか」
「そうだねぇ、君が私の手を取ってくれるまで?」
「そのスーツ、よく燃えそうですね」
「うん、そうだね、新しい灰皿買ってあげようか」
「困ってねぇよ」
自分のテリトリーである教材準備室に、何故だか急にやってきた理事長はにこにことソファーに座って、窓際で煙草を蒸す俺を見つめている。
何でここにこのひとがいるかって、理由を深く考えずともただのサボりだろう。
「秘書サン、探してるんじゃないっすか」
「置き手紙してきたから」
「サボってきます、ってか」
「や、愛を囁きに行ってきます、って」
馬鹿じゃねーの。
窓の淵に置いた灰皿に先端の屑を落として、フィルターを咥える。
まったく、このひとは。
咳き込むくらい煙草が得意じゃない癖に。
「おとなしく待っときゃいいのに」
「え?」
「いつもみたいに無駄に理事長室に呼べば、行ってやらないこともない、つってんですよ」
「……いやぁ、うん、それはそれで、嬉しいんだけどね」
今度はまただらしなく頬を緩ませて、そっとソファーから腰を上げ、俺の側に向かってきた。
「君がそうやって普段通りにしてる姿も、見たくて」
理事長室じゃあ、煙草なんて、吸わないでしょ。
私は君のこと、少しでも多く知りたいから。
なんて。
近付いて、耳の付近がざわりと風に触れる。
「………きっもちわる」
「え!?え、ここはきゅんってくるとこでしょ!?」
「いや、全然。ストーカーみたいで気持ち悪い」
「ひどい!」
鳥肌が立った。
女なら、あとここの学園の一部の奴らなら喜ぶかもしれないが、生憎俺だ。全く嬉しくない。
「あんたはぬくぬくと理事長室で茶でも飲んで、俺が行くのを待ってろよ」
すぐそこにあった顔にぶわりと煙を吐きつけた。
盛大に噎せ、涙目になっている。ざまあみろ。
「げほ、君、あのさぁ、意味わかってる?」
「さあ、国語教師じゃないんで」
「逆だからね、逆」
「なんのことだか」
外がばたばたと騒がしい。
きっとあの秘書がこれを迎えに来たんだと思う。
灰皿に押し潰して、がらりと窓を閉めた。
2014.3.28〜
top