無造作に風に動かされている髪は、セットしてあるんだろうか。触ると少し、ワックス特有の軋みを感じた。
「触んな」
腕を掴まれて振り払われる。本気でやられたからだろう、後ろに無理に動いた所為で肩が痛みを訴えた。
普段だったら、というかいつもの俺だったらそこにキレていただろうけど、何故だかこいつにはそんな気が起きなくて。
むしろ笑いすら浮かんでしまって、目の前の男に心底鬱陶しそうな目で見られてしまった。
「……」
「………」
俺が話しかけない限り、相手も話さない。
いや、俺が話しかけても返ってこないことの方が多いか。とにかく、こいつはいつもひとりで俺以外の誰かと喋ってる姿など見たことがなかった。そこに少しの優越感。
一緒に居てやるんじゃなくて、ただ同じ空間を共有している。そんな認識だったらこの場から追い出されることはないと知った。
「そういや、今日の購買で面白いパン買ったんだけど、食う?」
手にした袋には見たことのない味が書いてあって、でもまあ失敗はしなさそうな惣菜パン。こいつは昼休みだろうとあんまり飯を食わない。面倒なんだろうな、と雰囲気で思う。
そのまま差し出してももちろん取ることはないが、袋開けて、千切って口の前に差し出す、と。
「………あ」
小さく口を開けるので、タイミングを見計らって口の中に入れてやる。まるで雛に餌を与えているみたいで楽しい。
「美味い?」
「………ふつう」
ごくんと飲み込んで反応を返してきたあたり、そこそこ気に入ったらしい。
俺が何も言わずとももう一度口を開いて、催促。
こういうところが可愛いから、俺は毎日このつまらない昼休みを飽きずに続けていられるのだ。
「ほら」
怠慢たる動きでもそもそと口を動かす。
きっとこいつは俺に興味はない。あるのは、与える餌だけ。
それでも良かった。認識させることは、後でいい。
俺がここにいる違和感さえ、なくしてしまえばいいのだから。
end.
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