迎えに来た俺の顔を見て、桜は真っ赤に腫らした目から、ぼろぼろと涙を流した。
抱っこして、幼稚園の先生にすみませんと一言伝えてから幼稚園を出た。
俺はどうして桜が泣いているのか、桜の幼稚園のカバンから出ている、赤い紙で作った二本のそれを見て、気付いてしまった。
母の日桜を抱えたまま鍵を取り出して、誰もいない家のドアを開ける。
リビングの床に適当に自分のかばんを転がして、ソファーに座り、彼女の背中を何度か擦った。
どれくらいかそうしていると、桜はぐずぐずと鼻を鳴らしながら、ぽつぽつと言葉を吐き出した。
「…つーちゃ、あのね、」
「うん」
「ままは、ままだけど、つーちゃも、ままなの、」
「…うん」
五月の第二金曜日、桜が通う幼稚園では、『お母さん』のために、真っ赤な柔らかい紙を折って、用意された緑色の紙を貼り合わせた針金と組み合わせて、それを作る。
子供たちが一生懸命作った、カーネーション。
本当は一本のはずだけど、去年作った時に、桜は二本作りたい、と先生に言ったらしい。
母さんの分と、俺の分を作りたいと、言ったらしい。
去年はそれが出来なくて、泣いてしまった。
今年は先生が許してくれたんだろう。
だから、二本作った。二本、作ってくれた。
「でもね、」
「うん」
「みんなが、おかしいって、」
そんなのおかしい。当たり前なんだろう。
特別扱いに違いはないし、子供たちみんなが理解することなんて出来ない。
「おかしくないもん」
「…」
「さくらの、ままは、ままと、つーちゃだもん」
そう言って、桜はまた声を上げて泣いた。
俺も、泣いてしまいそうだった。
来年、小学校に上がったら、そうやってみんなで母の日にプレゼントを贈る行事はなくなるかもしれない。
だから、こうやって、このことで悩むことは無くなると思う。
それでも今、母さんと俺のことで泣いてくれる桜は、何て愛おしいんだろう。
「桜」
「…あい、」
「ママに、お花あげようか」
膝の上に乗せた状態で、桜はかばんから一輪取り出して、片手で掴む。
俺はもう一度ちゃんと抱き上げて、母の仏壇の前に連れて行く。
そっと、桜を下ろして、そっと、彼女は赤いカーネーションを置いた。
「ママが悲しんじゃうから、にこーってするんだよ」
「うん」
ぐしゃぐしゃの顔で、遺影の前で手を合わせて、笑顔を作る。
母さん、いつもありがとう。
今日はちょっと早いけど、桜が、頑張って作ったんだよ。
俺も母の日に、カーネーション、贈るね。
桜の頭を撫でると、桜はすっと立ち上がって、もう一度かばんまで走って行った。
そしてもう一輪、またその笑顔で、俺に差し出す。
「つーちゃん、いつもありがとう!」
「…うん、俺も、ありがとう、桜」
受け取って、ぎゅっと抱きしめた。
気付いたら俺もやっぱり泣いていて、家族のことになると、涙腺が弱くなるなぁと、思った。
「ほら」
「え?」
あれが去年の出来事になって、でも変わらずに家で過ごしていると、何輪かの赤いカーネーションが俺の目の前を占める。
「母の日」
「いや、そうだけど、何で?」
「なんとなく」
どうしてこいつからそんなものを贈られるのかわからないけど、まあ、嬉しいから、いいか。
「あと、これ」
「ん?」
「渡してくれ」
そして今度は、真っ白なカーネーションの束。
…なんというか、そういうところに、惚れ直すというか、まったく、良い男だ。
「…自分のお母さんには渡したの」
「兄貴と緋里と一緒に」
「そっか」
赤いカーネーションは、玄関にでも、飾ろうかな。
白いカーネーションは、勿論母さんのところに。
「蒼志ー」
「あ?」
「ちょっと」
「何だよ」
照れてるのか、あんまりこっちを見ない彼の服を引いて、唇を軽く合わせた。
「ありがと」
「…おう」
笑顔でそう言うと、蒼志も笑って、俺の髪をぐしゃりと撫でた。
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