来てますよ。
書類を捌いていた委員にそう言われ、宮野はまたか、と小さく溜め息をついた。
あいつは何度問題を起こす気だろう。
もう何度も考えて、答えの出ないそれも億劫になって、ただ憂鬱に奴がいる部屋の扉を開ける。
すると、ひゅん、と風を切る音がして。咄嗟に体をずらせば、目の前に腕が通り抜けた。
伸ばされた腕を辿ると案の定、つまらなそうに舌打ちをする奴がいた。
「ったく、お前はすぐ威嚇するな、手負いの猫か」
「あ…?殺すぞ、てめェ」
訂正、猫なんて生易しいものじゃなく、どちらかと言えば野生の獣に近いだろう。
一向に、誰にも気を許すことの無い態度で、しかし逆にこちらが気を許してしまえば即座に殺そうとしてくる。
土井は、素行の悪い生徒の中で、最も厄介な人間と言えるかもしれない。
「それで?今回は?」
開いていた扉を閉め、宮野が室内のソファーに座ると、続いて慣れた様に土井も宮野とは反対側のソファーにどさりと腰を下ろした。
「別に」
「またふっかけられたのか」
「せーとーぼーえー」
頬は確かに殴られたようで、唇の端が切れている。
これだけだったら確かにその馬鹿らしい言葉通りなのかもしれない。
だが毎回のように、彼は相手側を全治何週間、という程に打ちのめしていた。
…何が正当防衛だ、過剰防衛の癖に。
宮野はもう一度溜息をついてソファーから立ち上がり、近くの棚にある救急箱を手に取った。
「怪我は?」
「特にねぇよ」
「じゃあ服脱げ」
「はあ?ふざけてんのか」
馬鹿じゃねぇの、そんな風に睨む土井を無視して無理矢理服に手をかけようとすれば、流石に焦ったように手を払われる。
「な、にすんだよ!」
「別に喰う訳じゃない」
「当たり前だ!!」
ソファーの端っこまで逃げて威嚇する姿は、獣、よりやっぱり猫の方が近いのかもしれない。
本当に何かするつもりもなくて、たださっき殴られそうになった瞬間。
音が、少しだけ違う気がした。
「肩、おかしくしてんだろ」
「……」
「応急処置くらいしてやる」
「……何でわかった」
「さあな」
風紀委員長である宮野に殴りかかってくる奴なんて、土井くらいで。
それに何度もそう突っかかってこられては、動きを覚えざるを得なくて。
「お前さぁ」
「………んだよ」
「結構俺のこと好きだろ」
何度も同じことを繰り返して、もう日常になりつつある。
馬鹿みたいなことしなくても、普通に会いに来てくれたって別に構いやしないのに。
からかい半分にそう告げれば、土井は、びくりと肩を跳ねさせ。
脚で思い切り宮野を蹴り上げた。
途中で動きに気付いて腕でガードをしてみても、完全には勢いを逃しきれず、床に落下した。
「いって…ッ」
「っざけんなぶっ殺すぞ死ね!!」
それから宮野に殴りかかってくるのかと思いきや、土井は軽蔑するように宮野を見下ろし、ソファーを蹴って、急いで部屋から退出してしまった。
びしゃん、と扉の閉まる大きな音、そして訪れた静寂。
「えー、と」
ひとり残された宮野は、首を傾げる。
どういう、ことだろうか。
単にイラついた。とか。
それだったら、去り際、どうしてあんなに泣きそうな顔をしたのか。
「……仕方ない」
今度はこちらから、会いに行ってやるか。
立ち上がって、がらりと、風紀委員長は扉を開けた。
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不良受け企画様に参加させていただきました。
『
林檎』
2012.09.27 提出 あさかわ
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