藤井さんと会う日。
誰かと繋がっているはずの糸を、また、切って。
ふたりの糸を、幼い手で、ぎゅっと、結んだ。
消して、綻びないように。
ずっと、繋がっていられるように。
俺は、何人の人生を狂わせたんだろうか。
昔の父が、今どうなっているか、知らない。
今の父と、繋がっていたひとを、知らない。
もう、ふたりから、ふたりを、他人にしてしまった。
運命を、俺が、勝手に作り替えた。
許されることじゃない。
だけど、後悔は、出来なかった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
あの頃とは違う、普通の一軒家。
仕事をやめて、家で、笑って生活する母さん。
それから、夕飯時に帰ってくるとうさん。
三人で囲う、食卓。
これを、失くすことなんて、俺にはもう、出来なかった。
俺があの日結んだ糸は、今も結ばれている。
決して綺麗な結び目ではないけれど、俺はそれを見る度に安心した。
「とうさん」
「ん?」
「……今、幸せ?」
「どうしたんだ、一体」
「母さんと結婚して、後悔してない?」
「当たり前だ」
「そっか」
「お前と、お母さんが居て、幸せだよ」
「ありがとう、」
するり、その糸を通り抜けて、母さんは笑った。
恥ずかしいわ、と。
幸せなんだね、母さん。
それだけで、十分だ。
「部屋戻るよ」
「もう行くの?」
「ん、宿題、あって」
「頑張れよ」
「ありがと」
かたん、かたん。
階段を上って部屋に入って、ベッドに、倒れこむ。
どうして、どうして。
そう考えるのは、何度目だろう。
入学式で、丹澤に会った。
綺麗な、奴だと。遠目に見ていたら、同じクラスの、まさかの近くの席で。
見た目は気取ってそうかと思ったけど、話してみたらそうでもなくて。
良い高校生活を送れそう、だなんて、思っていたのに。
つん、と引っ張られたような感覚が、小指から、走って。
今まで、何もなかった、そこから。
伸びる、伸びる、赤い、糸。
…嘘だろ?
嘘だったら、どんなに、良かったことか。
その先は、確かに、目の前の男と繋がっていた。
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